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第八章 学力は四年生で決まる?(山浦駿)(2)

 しばらくの沈黙のあと、ママは意外にも冷静な声で言った。
「あなたがそこまで言うってことは、将来の駿の進路もきちんと考えて言ってるんでしょうね?」
「考えてって、そりゃ、そこまで深くは考えてないさ。ただ、さすがに中学受験は金かかり過ぎだろって言いたいんだよ」
「だから中学受験はやめるって言ってるんでしょ。だったら駿が中学受験をやめたときの代替案を出しなさいよ」
 パパは困ったように顔をゆがめた。
「代替案って、そんな大袈裟な……」
「遠回しに言っても理解してくれないから、ストレートに言っただけ。駿が中学受験をやめて、そのあと駿にはどんな進路が待ってるの?」
 パパは大きく息を吐くと、しばらく上を向いて考えてから言った。
「まずは地元の公立中学に進学するしかないだろ。そして中学で勉強して、公立の進学校を目指す。これで駄目なのか?」
 ママはあきれたように大きく溜め息をついた。
「あなた、駿が公立に通うようになった場合のデメリットを考えたことがあるの?」
「なんだよ。デメリットって?」
「まず、私立や国公立の中高一貫校と違って、公立中学は中学受験をしなかった子供達がほとんどなの。これはわかるでしょ?」
「そりゃ当たり前じゃないか」
「ということは、東京で考えると、小学生の上位25%は私立の進学中高一貫校に通うのよ。それで残りの下位75%が公立中学に通うのよ」
「全員が下位ってわけじゃないだろ」
「そんなことはわかってるわよ。私は概算の数を言ってるだけ」
「だいたいなら、そうなるかもしれないけど……」
「それで成績下位層の中で公立高校を目指せ、ってあなたは言ってるわけ。まず地元の公立中学だけど、私立と比べてまったく勉強するような環境じゃないことは、地元中学出身のあなたも知ってるわよね」
「そりゃそうだけど、それなりに楽しいもんだよ」
「いじめはなかったの?」
「そりゃあるにはあったけど……」
「じゃあ、あなたは駿がいじめられないって保証できる? 駿はあなたと違っておとなしい子よ」
 パパは身を引き、腕組みをして唸った。
「うーん」
「で、公立中学から、公立進学校に合格した子って、どんな子?」
「勉強ばかりしてたやつらだな」
「その子たちは意地悪とかされなかったの?」
「そう言われてみれば、『勉強ばかりしてんじゃねえ』って、軽くいじめられてたな」
 ママは勝ち誇ったように、口元に笑みを浮かべた。
「あなたは駿にそれを目指しなさいって言ってるの?」
「うっ」
 パパは明らかに言葉につまった。
 ママはたたみかけるように、言葉を重ねた。
「それにね、いい公立高校に進学するためには、内申点が必要なのよ」
「え? 内申点って、不良が悪くつけられるってやつじゃなくて?」
「そう。公立高校に受験するには中学一年生から内申点を上げる努力が必要なの。それに内申点は五教科だけじゃなくて、体育や美術なんかも得点になるのよ。あなたと違って駿はあまり運動神経のいいほうじゃないし。絵も下手だし、ちょっと音痴だし、内申点はまったく期待できないのよ」
 パパはあきれたように身を引いた。
「そんなのまで受験に関係するのかよ」
「そうよ。それに先生に勉強に熱心な子って思われるために、積極的に質問したり発表したりしなきゃならないの。そういうの、駿にできると思う?」
 パパはかぶりを振った。
「で、あなたに聞くけど、ここでたった二十万円をケチってまで、そんな絶望的な展開が見えてる公立中学に通うメリットを教えてちょうだい」
「メ、メリットって……そんな駿の進路を損得で言われても……」
「あなたが、駿の大切な進路のために払う二十万円が惜しいって、損得で言ってるの。最初に損得を言い出したのはあなたよ」
 パパは口ごもった。
「俺は日進研に払う二十万円がもったいないんじゃないかって言ってるんだよ。もっと駿の中学受験のために有効活用できるお金の使い道はないかって提案してるんだよ」
 パパがそう言った瞬間、ママの顔がパッと明るくなった。
「なんだ、あなたは駿の中学受験に反対してるわけじゃないのね?」
「あ、ああ」
 あれれ? さっきまで僕に中学受験をやめさせるようなことを言っていたパパの意見が知らないうちに変わっている。完全にママのペースだ。
「中学受験は続けるってことで、あなたどこかいい個別指導塾を知ってる?」
「いや、そこまでは調べてないけどね」
「じゃあ、なにかいいところが見つかったら教えてちょうだい。あなたが見つけて来てくれたら、そのときに検討しましょう」
「わ、わかったよ」
 二人の話を聞きながら、面倒くさがり屋のパパは、永久に個別指導塾なんて探さないだろうなと思った。結果として、パパの意見はなにも聞き入れられなかったことになる。ママの思い通りだ。
 ママが僕を見て言った。
「ほら、駿。まだレタスが残ってるじゃない。早く食べて、勉強しなさい」
 さすがにパパにも状況がわかったのか、不機嫌な様子で発泡酒をあおり、それからスマホに目を落とした。

(続く)



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