見出し画像

【講評】ママ

横山小寿々さんの作品です。

これはミステリですね。見事に叙述トリックが決まっています。

実はこの作品は、横山さんがこの賞に応募される前に読んでいました。
noteではいろいろな方の小説を読ませてもらいますが、正直途中で挫折した小説や、読み終わって「なにが言いたかったんだろう」と思う小説も少なくありません。

この小説を読み終わった後の感想は「やられた、それかぁ」から、「うまい」となり、「ラッキー」ですかね。
ラッキーとは、こんな面白い小説に出会えてラッキーの意味です。

この作者の他の小説も読んだことがあるのですが、プロに近いレベルですし、実際に出版社主催の賞に応募して、いいところまで行ったと聞き及んでいます。文章もすごく読みやすいです。
私も、作者が新人賞を受賞してデビューして欲しいなあと応援しています。

ですので、横山さんがプロ作家を目指すものとして意見させてもらいます。
今から言わせていただくことは、かなり厳しいと思います。
そして、こうしたらいいという代替案はないです。
あれば言うのですが、難しいですし、やはり作者に考え抜いて欲しいです。

まず文字数ですが、この小説は1560文字です。
3000文字が制限なので、プロを目指すのなら、やはり2990~3000文字くらいまで書き込んで欲しいです。
出版社主催の賞で、応募要項で原稿用紙350~550枚までと書いてあったら、応募者の中にはなにがなんでも550枚ギリギリまで書くという風潮があって、水増し文章が多いことは聞いていますが、それは長編の場合です。長編なら350枚でも十分に物語を紡ぎだすことができるのですが、3000文字以内の掌編であれば、文字数が多いほうが密度が濃くなります。

次に「優しく笑った顔も大好き。……」の行は字下げができていないです。
ここは推敲すれば気づくので、もっと推敲して欲しいかなと。
あと、noteに合わせて改行が多いのかもしれませんが、やはり作者くらいの筆力があるのであれば、その隙間にいろいろな情景描写なり、心情描写をして欲しいです。

そして最後に一番大きな問題。
最後に完璧なオチをつけているのですが、叙述トリックの場合、うまく読者を騙せたら、読者は序盤部分を二度読みします。
つまり伏線が張られてあって、「そうか、あのときわずかに違和感を覚えたけど(気づかなかったけど)、そういうことだったのか」という気分を味わいたくて、二度読みする読者もいると思います。

ところがこの作品にはそうした伏線がない。
その伏線が序盤部分で、文字数を使って書かれてあったら、完璧なミステリになると思います。
ただ、それを実現しようとすると、文章を書いた10倍以上の時間はゆうにかかると思います。

なぜなら主人公が犬であることを読者に悟られてはいけません。
たとえば犬特有の行動、「ママの顔をペロペロ舐めた」なんて書いたら、完全に疑われてしまいますからね。
それなので、この作品で伏線を張るのは、非常に難しいのですね。
でも犬特有の行動で、読者に違和感を持たせないような、「なにか」が少なくとも一つ、贅沢を言えば二つ以上欲しいのです。

そこまでやらないと、枚数を増やしたとしても、たとえば出版社主催の賞「ミステリーズ!新人賞」などでは厳しいかと思います。
主人公のエリちゃんは、もしかしたらオスのほうがよかったのかもしれないとか、そもそも犬ではなくてライオンとかトラとかでは伏線を張りやすいかみたいな、設定自体を覆すことも考えなければなりません。

セリフも全修正ですし、最初から書き直しということも、当然あり得ます。
そして考え抜いた挙句に、このトリックでは伏線は厳しいのではないかという、トリック全否定の話も出てくるわけですね。

このトリックで伏線を張るのは相当に難しいと思いますが、考えに考え抜けば、なにかあるのではないでしょうか。
横山さんには、そこまでやって欲しいです。

最後になりますが、この小説は今回私が読んだ応募作品の中で、一番完成度が高かったと思います。

楽しい物語を、ありがとうございました。

【補足】伏線について
伏線について、注文ばかりつけるのもフェアじゃないので、私も考えてみました。
まず犬の人より鋭い嗅覚を利用したらいいのではないかと。
つまり、

=============================
 家に知らない人が来ても騒がない。近寄らない。ママに呼ばれない限り、おとなしくしている。
 でもわたしは隣の部屋にいても誰が来たのか、香りでわかるの。昨日はお薬の香りがしたからお医者さんの山田さん。一昨日は――
=============================

とか。

あとは犬の愛情表現である舐める行動を利用して、

=============================
 お客さんが来ても騒がずにじっと待っていると、ママは「さすが私のエリちゃん。本当にいい子ね。大好き」と、抱きしめてすごく褒めてくれる。
 このあいだはママがキスする仕草をしたときに、嬉しくてママの鼻をペロリと舐めた。
「もう、エリちゃん、くすぐったいでしょ」
――

=============================

みたいな感じにしたら、バレにくいのかなと。

ただ、私の思いつきなので、もっといいアイデアはあるかもしれませんね。

小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)