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第八章 学力は四年生で決まる?(山浦駿)(1)

「おい、この金額、マジかよ?」
 食事中、パパが信じられないと言いたげな表情で、ママに言った。
「なにが?」
 ママが訊ねると、パパは中学受験塾「日進研」の夏期講習の申し込み用紙をテーブルに置き、乱暴にパンパンと叩いた。
「これだよ、これ。この値段。頭おかしいんじゃないの? 二十万円近いじゃん。それに、いろいろなオプション講座受けたら、二十万円なんて余裕で超すじゃん」
「そうだけど、それがなにか?」
 落ち着き払ったママの様子に、パパは苛立ったように言い募った。
「なにか、じゃねえよ。たかだか中学受験の塾だぜ。それでなんで二十万円もかかってんだよ」
「だって、テキストとか受講料とかで、それだけ必要なんでしょ」
 パパはあきれたように身を引いた。
「簡単に言うなよ。二十万円ありゃなんだってできるぜ。それをさあ、たいして効果のない塾につぎ込んだって意味ないだろ」
 ママは冷ややかな目でパパを見やった。
「そりゃ、二十万円あれば、パチンコだってキャバクラだって、しばらくのあいだは行き放題でしょうね」
 パパが顔をしかめて、手を横に振った。
「このあいだは上司に誘われて、いやいやキャバクラに行っただけだよ。駿の前で嫌味なんて言うなよ」
「でも、パチンコは毎日行ってるよね?」
「パチンコだって、週に二、三回程度だよ」
 パパの語気がだんだん弱まっていく。
「ふうん。日曜日なんて、開店の午前十時から午後五時までやってなかったっけ?」
「それはたまたまだよ。一回だけ長時間パチンコしたからって、大袈裟な言い方するなよ」
「全然大袈裟じゃないと思うけど。で、あなたはなにが言いたいの?」
 パパは一瞬ひるんだような表情をした。
「だ、だからさあ、たかだか塾の夏期講習が二十万円近いってのがおかしいって、俺は言ってんの」
「で、おかしかったらどうするの?」
 パパは踏ん切りをつけるように大きく息を吐くと、低い声で言った。
「駿には、いや、我が家には、中学受験は分不相応だってことが言いたいんだよ」
「だから?」
 ママの刺すような視線にもめげずに、パパは思い切ったように言った。
「だから、駿の中学受験をやめようって、俺は言ってんだよ」
 僕は、とうとう言っちゃったか、と他人事のように思った。
 僕は山浦駿、小学六年生。中学受験塾「日進研」に通っている。
 いまは六月に差しかかったところだ。僕がもらってきた夏期講習のチラシをパパが目ざとく見つけて、ママに抗議しているところだった。そして、かねてから公言していたように、パパは僕に中学受験をやめさせたいのだ。

(続く)





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