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【講評】想い出は思い出として

寝癖さんの小説です。

まず素晴らしい点を一つ。
この小説は2985文字です。
まずここに触れたいと思います。素晴らしい!
応募作品を読んでいて、3000文字よりはるかに少ない作品があるのですが、本当にもったいないと思います。

前回も述べましたが、400字詰め原稿用紙350~550枚までという応募規定の際に本当は450枚相当なのに、わざわざ550枚に水増しして完成度を下げてしまうという話は聞いたことがあります。
ただし、今回の応募規定は3000文字です。原稿用紙換算で言ったら8枚以下です。
そんな少ない文字数で物語を作ろうとしたら、3000字近くまでギリギリに書いたほうが絶対に密度が濃くなりますし、深みも出ます。
そういうことを考えたら、もったいないなあと思う作品がたくさんあるわけですね。

翻って、本作品。2985文字です。
読みごたえがありました。枚数オーバーかなと一瞬思いましたが、2985文字というのがわかり、にやりとしました。
やるな、と。

いささか気になったので、この作者様の別の記事を見たところ、やはり長いものを削りに削って2985文字にしたようです。
「文字数削ると初見で読んだ人が伝わるのかどうかが判断が難しい」と懸念されていましたが、安心してください。
全然問題なく伝わっていますよ。
また、「小説になってないって言われそうで怖いんですが」と書いていらっしゃったんですが、安心してください。
れっきとした小説になっていますよ。
削りに削って、無駄な文章をなくすことこそ推敲だと思いますので、作者は極めて正しいことをやっていたと思います。

小説を書く方は陥りがちなのですが、文章を書くのが得意だからこそ、小説を書いていると、冗長になりがちです。
ですので、削る作業というのは、まさに無駄な贅肉をそぎ落とすかの如く、本当に大切なんですね。
例えば3000文字が規定なら、3500文字とか4000文字まで書いて3000文字になるまで削り落としたら、文章がすっきりします。
小説を書く方は、ぜひこの作者のやり方を真似してみてください。

また、この作者の文章は非常に読みやすいです。
話はそれますが、今回の応募作品は皆さん、どの作品も文章が読みやすいですね。
もっと解読不能な(難解な)文章が来るかと思ったら、皆さん文章がお上手で、正直なところ、驚いています。

本題に戻ります。
細かい点を指摘させていただくと、段落の字下げがありません。
今回の応募作品を見ると、全体的に字下げができていない作品が多いです。
書店に並んでいるどの小説を読んでも、段落の字下げはしてあるわけですから、そこは必ず守るようにしてください。
あと、改行(一行空き)が多いのは、少々読みづらいです。
ここぞというところで、一行空きがあるといいのですが、頻繁にあると、少し興がそがれます。

そして、内容について。
非常にいい話です。青春時代を思い出すような、だれもが経験したことのある内容ですから、物語に入っていきやすい。
最後にオチもあって、とても好感が持てます。読後感もいい。
普通に書店に並んでいたら、懐かしくも、甘酸っぱい、そして苦い気持ちになれる、いい作品だと思います。
この作者の他の小説は、これから読ませていただこうと思いますが、かなり筆力のある方なのではないでしょうか。

ですが、いかんせん、内容がありふれています。
もう少し作者独自の視点とか、驚きの結末があったほうがいいと思います。
このままの内容だと、賞レースの場合では、かなりの減点材料になります。
オリジナリティ、独自の視点というのは、応募者が考えている以上に賞レースでは重視されます。当然この賞でも重視します。

あと、嘘をつくときは「右の頬を触る癖」も、小説(物語)でよく使う技法ですから、「これが最後にオチになるんだな」と想像がついてしまいます。
さらに、「真人はみゆきのことが好きで、右の頬を触る癖がオチになるのかな」というのも想像できてしまいます。

ただ、先程も述べた通り、文章力のある方ですから、寝癖さん独自の視点で、ぜひ次回作を書いてみてください。
きっといいものになると思います。

せつなくて甘酸っぱい、いい小説です。
「想い出は思い出として」は、審査員としてではなく、読者として読むのであれば、とても好きな小説です。
ご興味のある方は、是非ご覧になって下さい。お薦めです。

最後に、出版社の編集者が新人賞を審査するときにどういうことに気をつけるのかを書いた記事がありますので、参考にしてください。
(最後に書いてあります)


小説が面白いと思ったら、スキしてもらえれば嬉しいです。 講談社から「虫とりのうた」、「赤い蟷螂」、「幼虫旅館」が出版されているので、もしよろしければ! (怖い話です)