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知らない芸人の漫才


 初めて行く劇場で知らない芸人の漫才を見た。

 漫才というか「漫才というていのひとりコント」であるらしく、センターマイクの片側にひとり男性が立ち、誰もいないもう片側へ話しかけてはひとりでつっこんでいた。

 奇妙なネタだけどそういうものもあるかと思ってしばらく見ていた。
 ウケていたかはあまり覚えていない。
 喋っていた男性の名前もなぜだか覚えていないが、見えない相方を「エンリ」と呼んでいたのは記憶している。

 途中までは彼と「エンリ」が法事の話をしているらしかったが、途中からすこし様子がおかしくなっていった。

 ある瞬間から芸人は「エンリ」との会話というより一方的に喋るようになり、途中「エンリオドエンリオドエンリオド」と壊れたように繰り返した。

 その異様さはおおよそ笑えるものではなかったが、それよりも困ったことに「エンリ」が少し見えるようになってしまった。

 カメラのカットが変わるみたいにいきなり現れては消える形で、体の一部だけがたまに見える。

 靴と腕と、おそらく相方とそろいの舞台衣装と、首と肩と、一部一部のみだけがパチパチ点滅するように見えている。

 エンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオドエンリオド。

 あ、これ顔見ちゃ駄目なやつだ。
 そう思って顔を伏せた。

 目を閉じてじっとしていると、一瞬強い耳鳴りがして、それから静かになり、またざわざわと喧騒が戻ってくる。

 まずい、知らない間に居眠りでもしてライブを飛ばしてしまったか? と思ったが、顔を上げるとまだ開演前だった。

 始まる前からぐったりしてしまったが、せっかく来たし推しは見たいので持参した水を一口飲んで席に座り直す。

 またあの芸人が出てきたらどうしようかと不安で仕方なかったがそんなこともなく、結局楽しくライブを見て帰ってきたのだが、あれはなんだったのだろう。
 せめて彼らのコンビ名だけでも覚えていたらと思うのだが、あまり考えすぎないほうが良い気がしてならない。

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