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罪と罰と罰と冤罪と罰


 上堂がカラスの死体を見ていた。
 夢だ。小学生の上堂がカラスの死体を見ている。

 上堂は汚い子供だった。
 私はどんな姿をしていたろうか。

 小学生の私は、いつも茶色いセーターを着ていた。
 違う。
 これは小学生の頃によく見ていた夢だ。
 私は小学生の頃、一時期なぜか毎日同じ夢を見ていて、その夢の中で私は茶色いセーターを必ず着ていた。
 予防接種の列に並んで、保健医に注射器を渡されて、私は茶色いセーターを脱がないままその針を腹に突き立てて、夢だから痛みはなくそこで目が覚めるのだ。

 あ、違う。
 今はその夢ではない。
 上堂だ。小学生の上堂がカラスの死体を見ている。
 道路で、たぶん野良猫とかに襲われて死んで、何度か自転車とかに轢かれて、羽根がアスファルトにこびりついていなければカラスだったかも、そもそも鳥だったかすら分からないような、グロテスクで可哀想なものを、上堂が黙って立って、見ているのだ。

 上堂は、汚くて、痩せていて、しかもランドセルを持っていなかったからクラスの女子にからかわれたことがあった。
 上堂はひどく怒り、その女子の腹を蹴って「てめーみてーなくそおんながおれみたいなのぼんぼんつくってうむんだろうがいまのうちにせめてうめねーからだになっとけよごみあばずれ」と叫んで担任の先生に物凄い剣幕で怒鳴られていた。

 担任の先生が号泣する女子を落ち着かせて、先に上堂がみすぼらしいことやランドセルを持っていないことを嘲笑した点についての謝罪を命令した。
 しゃくりあげながら、女子が悪口を言ってごめんなさいと言った。

 次に担任の先生は上堂へ女子への暴行と暴言への謝罪を命令した。
 上堂は、これと言った抑揚もなく腹を蹴ってクソとかアバズレとか言ってごめんなさいと言った。

 罪と罰が成立していた。
 と思ったのだ、それを見ていた私は。
 上堂と放課後に遊ぶ約束をしていたから、帰るに帰れなくて突っ立って見ていたのだ。

 先生は上堂に、どうしてまたそういうことを口にするんだと叱った。
 なまじ私の中で罪と罰が成立していたと感じていた手前、ああ罪と罰と罰になってしまったと思った。

 それで、その話をしながら下校していた際に上堂が急に立ち止まったから何かと思ったら、カラスの死体があったのだ。

 スーパーに並ぶ鶏肉とは程遠い、べちゃべちゃの汚いピンク色した肉に蟻みたいな虫がたくさん群がって、うぞうぞ這っていて気持ち悪かった。

 グロテスクで、可哀想で、汚くて、気持ち悪くて、死んでいるものだと私は思った。
 上堂は別に何も言わなかったと思う。
 ただ、結構長いことそれを見ていた。

 そこに、同じクラス……だったかは忘れたが、男子数人のグループが通りかかって上堂がカラスを殺したのだと騒ぎ始めた。
 私は何かしら否定の言葉を口にしたと思う。
 だって、それは、冤罪というものだと思ったから、「上堂はカラスを殺していない」と主張した。

 上堂は、あ、そうだ。
 上堂は半袖の、せっかくの名作洋画のプリントががびがびに剥がれた、黄ばんだ半袖のTシャツを着ていたんだ。
 その日は、十一月の末だったと思う。

 じゃあ、おれがと上堂が言った。
 おれがこの鳥と同じ目に遭ったらおまえたちはどんくらい満足すんだと上堂は言った。

 おれとこの鳥は同じくらいかわいそうになれるか、って上堂が言った。

 目が覚めた。
 今日は四月で時刻は十七時半で、私は小学生をおおよそ二周できるくらいには歳を食っている。

 ああそうだ、私は。
 子供は風の子という言葉が、世界で一番大嫌いだ。
 カラスの死体よりよっぽど大嫌いだ。

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