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ボーは恐れている 感想


⚠️ネタバレ注意⚠️

あとシンプルにばっちい言葉遣いします。






 キチガイだと言ってやれば良かったんだ。

 あの映画を見て結局どう思ったかと言えば、この一言に尽きる。
 お気の毒にとか大丈夫だからとか、なあなあにするだけの同調とかそんなものではなく、お前は頭がおかしいからじっとしておけと言ってやるべきだったんだ。

 まずあの映画を見て、少なくとも初見でストーリーの10割を理解できる人はいないと私は思う。
 ただ、なんとなく肌感覚というか記憶の片隅に追いやった経験で、主人公であるボウを分かってしまう人はいる。私がそうだった。
 例えば歩き方、例えば体型、例えば喋り方、例えばどもり方、例えば視線の伏せ方。全部が「ボウは精神を病んでいる」と物語っていた。

 最初の方、明らかにおかしな描写を(後半の描写である程度は覆るとはいえ)「あるものとないものがない混ぜになった、ただひたすら現実と幻覚が混同しすべて出力された視界」として、そういうものとして、「その違和感を違和感なく受け入れる」という状態で見る羽目になる。

 ママに会いたい。
 ボウのその心に恐らく嘘はない。
 しかしトラブルが続く。母親に連絡したら言語外の何かで失望されて「気の毒だけど切るわ」と一方的に通話は終わる。

 死んでしまってもママに会いたい。
 これ以上ママを侮辱しないために、早く葬儀に行かなくては。
 電話の向こうの弁護士は必要以上にボウを責める。こういうときに出てしまう吃音と失語はかなり苦しいものだ。

 ママに会いたい。
 ボウの主張は常にそれだけである。しかしトラブルが続く。他人は何かと理由をつけて誤魔化す。

 意味がわからない行動を取る親切な人、ヒステリーを起こす少女、様子のおかしい男。
 おかしい、絶対に。
 それはわかる。
 作中でもボウは混乱していた。

 恥ずかしながら物語のこの地点のボウに共感できてしまう経験がある。精神科の閉鎖病棟だ。
 こちらは衝動的な強い不安や、不眠や、幻覚幻聴や、様々あるわけで。看護師や医師に対して症状を伝え見合った薬をもらおうと、自らの不調や状態を伝えようとする。

 しかし最後まで聞いてもらえない。
 適当な同調か完全な無視か。それで毎回同じ薬を渡されてそれ以上対話はない。私は1も話せていないのに相手は勝手にそれを10とする。

 当時の私だって分かっていた。
 何か変なのだ。必ず、何かが。
 だからいっそキチガイだと言ってほしかった。二言三言しか話していないのに遮って、ニコニコ同調されて毎日同じ薬を出されるくらいなら、あなたは病気で狂っていて頭がおかしいので、大人しく出された薬を飲んでおきましょうと言ってほしかった。

 おかしいのが世界ではなく私だと判断する能力は当時の私にはなかったが、他人の評価を受け入れる能力はきっとあった、と思う。

 今でこそ言えるだけかもしれないが。
 でも、結局泣きながらここから出してくれと頼み込んで退院を早めてもらってからの方が回復は早かった。
 ああ、やっぱり変なのは私なんだと思うと安心した。幻覚も幻聴も減っていった。

 ともかく、中盤はそういう歯がゆさが強かった。
 ただこの辺りから「ママ」「母さん」「お母様」などのボウ本人や第三者から「ボウの母親」への字幕の表記揺れが気になる。
 ママ、で一貫していた呼び方が時おり揺れて母さんになる。
 トランスエイジの概念が頭をよぎったが、これはあとで一緒に観た友達と話したら私は「自分を幼児だと思い込むおじさん」だと思ったが、友達は一旦「自分をおじさんだと思い込む幼児」だと思ったそうだ。
 要はそのくらいずっとよく分からない描写とやり取りが延々続くのだ。

 後半は種明かしというより明かされたのはママの正体だった。

 端的に言ってボウが産まれて、生きてきて、今の年齢になり、ママが死に、今に至る。
 その全てがボウの母親による「自作自演」だった。
 財力を湯水の如く使いボウの人生の全てを監視し記録し、自分を愛しているかのテストをし続けた。
 結果は不合格。
 ボウはママに愛されていたのに、ママの満足のいく息子になれなかった。

 これは個人的な解釈だが、ボウの母親は自ら言い捨てたように自らも愛されなかった幼少期を過ごしていた。
 だから、彼女自身の中で「家庭を持つ」「肉体関係がない中で人を愛する」「子を持つ」ということを本能的に理解していなかった。
 そしてそれをしたいという欲求と同じくらいに拒絶、嫌悪していたのではないだろうか。

 実際、彼女は人ひとりの人生をまるまる監視し、そのうえ人を大勢雇って何十年の大芝居を打てるほどに財力と商才があった。
 私には、あの母親はどこまでもビジネスライクな人に映った。

 だからボウにも「愛してあげた分の愛」と、「利子分として上乗せした見返り」を求めた。

 それがひとつも返ってこなかったから、ボウは契約違反(=母の愛への裏切り行為)をした悪い子だ。
 先日観た『哀れなるものたち』で父親の理想像を見たが、今回の『ボーは恐れている』で最悪の母親を見た感じだ。私もあの感じの詰められかたとヒスられかたを恐れている。

 ところで、日常の全てを監視されているという妄想は「サトラレ」という言葉があるくらいには一般的に多くの人が考えることもあるだろう。
 序盤に少し描かれたシーンからボウの幼少期まで、余すところなく録画され録音されているシーンは背筋に冷たいものを感じた。

 10代の頃にそのたぐいの妄想がひどくて、両手で顔を覆わなければ眠れなかった時期があったのを思い出してしまった。

 ボウ。可愛いベイビー。
 舞台装置の人生は楽しかったですか。
 火花の散る水面は生まれた瞬間に似ていましたか、そうですか。

 どいつもこいつも。
 あの親子両方に言ってやれば良かったんだ。

 揃いも揃ってキチガイめ。

 あ!
 大丈夫です、ミッドサマーにもあった雑モザイクは再登場しました!



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