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ペガサス

 いつだったか。自分の子がまだ、幼かった頃、抱っこしながら、
「どこからきたの?」と聞いたことがあった。子どもがしゃべり始めた頃だった。
 すると、

「ペガサス」と言って、空を指さした。

 でも、指さした先はコンクリートだった。ちょうど歩道用のトンネルをくぐっていたところだった。たぶん、地域の花火大会かなんかの帰りだった。

 その後、大きくなると本人はまったくそのことを覚えてもいない。
「7歳までは神の内」って言うから、その頃までの記憶は前世に繋がっているのかもしれない。

 不思議なことだったが、ペガサスにはもう一つ不思議な話がある。

 亡くなった明治生まれの私の祖母の話だ。

 祖母には大変尊敬するお坊さんがいた。そのお坊さん実は文盲で、文字がかけなかったが、ある時、先祖の霊から「僧侶になれ!」と言われ、仕方なく僧侶の試験を受けることにした。
すると、試験が始まるとそのお坊さんは、意識がなくなったらしく、ふと目が覚めるとびっしりと解答が綺麗な字で書かれていたらしい。なんと!博学の先祖の霊が本人の代わりにスラスラと解答を書いてしまったらしい。そして、無事に僧侶になり、ある山寺の住職になった。お経は、耳で覚えたのだろうか…という疑問が残るものの…無事お寺の住職になったらしい。
 そういう変わり種の僧侶を祖母は大好きだったらしい。

 名古屋あたりにある山寺の住職だったらしいが、今はどの山かもわからない。もう山ではなくなっている可能性も高い。その山、たぶん今では丘のような街になっているのではないと思うが、そこに毎月、まだ幼かった私の父を連れてお参りに行っていた。父にも生前ちょっと聞いてみたが、あまり覚えていない感じだった。

 祖母が参道を登って、山の中腹あたりに来ると、いつもきまって、羽の生えた白い馬が少し向こうに現れたという。
 その白いペガサス、じっとこちらを伺っていたかと思うと、トントンと駆け上って、いつしかいなくなっていた。不思議な光景だが、毎月迎えに現れたようだ。
 祖母は、だいたい毎月、せっせとそのお坊さんのいるお山にお参りをしていたが、戦争がはじまり、戦火で街が焼かれるようになり、そんな余裕はなくなった。

 祖母の家も戦火に巻かれそうになったが、家族全員を避難させている間、祖母は、一心にお経を唱えつづけて、自分の家は、ギリギリのところで戦火を免れたという。今考えれば、大した度胸である。隣の家は全焼したらしい。隣にまで火は移って来ているのに、動じずにお経を唱え続けたというのだから。一種の念力といっても過言ではなかろう。

 家が戦火に巻き込まれる前だったか後だったかわからないが、祖母の月参りするお山のある方角も夜に大空襲があった。一晩中赤々と燃える方角にお山があることを知り、何もかも捨て置いて、その日の早朝に祖母はお山に向かった。

 出迎えの白いペガサスは現れなかった。
 心配で、心配で、気が気でなく、山頂へ向かった。

 案の定、山頂の寺は焼け、何も残っていなかった。

 あー、と悲嘆にくれるが早いか、どこからともなく、
 ひょっこりお坊さんが現れた。

 「あら、お坊さん、どこにいってたのですか。」
 すると、涼しげな表情でお坊さんは答えた。
 「いやね。なに。そのー。昨日の晩、お勤めを終えて、夕涼みをしていたら、寺の前に羽の生えた白い馬が現れてね。

 『背に乗ってくださいな。一緒に空を一巡りしましょう』

と言われ、ずっと、一晩中空を駆け巡って遊んでおったんじゃ。で、今帰ってきたんだけど。」

 白いペガサスはお坊さんと夜空を空中散策中だったので、
 祖母の出迎えには行けなかったようだ。

 お寺とお山はまる焼けだが、お坊さんは全く無事だった。

 そんなことってあるんだー、とびっくり仰天して、この話を祖母から聞いた。
 白いペガサスとお坊さんは、どこへ行っていたのだろう?爆弾の降る三次元世界でないことは確かだった。
 「とっても綺麗な夜空の星々だった。」とそのお坊さんは夢見心地で祖母に語ったというのだから、タイムワープか?異次元世界か?

 とにかく、寺も山ごと焼けている、その焼け野原で、綺麗な僧衣のままで、そのお坊さんは幸せに満ちた表情で、夜間旅行のことを祖母に語ったのだった。

 ちなみに、祖母も文字をちゃんと読めなかった。読めたかもしれないけど、書くことはできなかった。晩年、新聞を読んで一生懸命に文字の勉強していた。
 でも、立派な智慧のある祖母だった。もしかすると、文字を習得することは、何かしらの本来的な人間の能力を失うことになるのだろうか。そんな気がしないでもない。


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