十二支の十二字は動物ではない

 子丑寅卯……と並んでいれば、日本人の多くは『ね・うし・とら・う……』と読んで動物を連想するだろう。年末ならば尚のこと。
 しかしこれらの漢字、元は動物を指すものではなかった


十二支の7番目に当てられ、それに「馬」を当てたもの。元来、馬とは無関係の文字である

午 - wiktionary.org

 動物とは無関係に、12字からなるセットが先にあったのだ。『チュウインボウ……』などと呼ばれていたそれらを覚えやすくするために動物のイメージを後付けした、とする説がある。
 元素周期表を『水素ヘリウムリーリチウムベリリウム〜』としたり、円周率を『265358979〜』と覚えたりするように。

 では本来この12字は何を意味していたのか?

◆各字の字義と体系の解釈

 多くの人が覚えるべきとされたのだから、古代において生活に密着したものだったと考えられる。例えばこよみ――季節の巡り――のような、周期的な変化。

 困ったことに、十二支を示す字の一部は他の用法を失っている。部首としては残っていても、単独では干支を指すことにしか使われなくなってしまった(丑・卯・酉など)。
 しかし幸い、12個のうち9個は象形文字だ。目に見える何かの形や様子を図案化して作られた文字であり、『暗記のために動物が割り当てられる以前は何を表していたか』がそこそこはっきりしている。

字義の一覧

 それぞれの字が何をかたどったものか、一般的な説を一覧にしたのが下の表。
 ※がついているものは象形文字ではない。

$$
\begin{array}{|c:l|}
\hline \\
\text{ 子 } & \text{人間の子供} \\
\text{ 丑 } & \text{手で何かを掴もうとする様子} \\
\text{ 寅 } & \text{※『いずまいを整える』} \\
\text{ 卯 } & \text{※『2つに分ける』?} \\
\text{ 辰 } & \text{二枚貝のびらびらとした肉/動植物の活発な様子} \\
\text{ 巳 } & \text{胎児} \\
\hdashline \\
\text{ 午 } & \text{杵を上下に動かす様子} \\
\text{ 未 } & \text{梢の若芽} \\
\text{ 申 } & \text{稲妻} \\
\text{ 酉 } & \text{酒壺} \\
\text{ 戌 } & \text{※『刈ったものをまとめる』} \\
\text{ 亥 } & \text{豚や猪の骨格を縦に描いたもの} \\
\hline
\end {array}
$$

 象形文字ではないのが次の3字。

  1. 寅:会意形声

    • 下側は〔矢+𦥑〕で『曲った矢に力をかけてまっすぐに直す様子』とされる。

    • これを家の中(宀)で行うことから『いずまいを整える』意味が生じ、〔演〕などの字に繋がった。

  2. 卯:不詳

    • 『1つの塊を分けた形』とも『2つの物を組み合わせた形』とも『壁や群れに食い込む様子』ともされる。出自のはっきりしない字。

    • 〔貿〕や〔留〕の上側は〔卯〕だとされるが、そこから原義を推測するのも難しい。

  3. 戌:会意

    • 〔一+戈〕。〔ほこ〕は一般的に戦争に使うような武器を示すが、元になった甲骨文字は『棒の先に刃』程度の情報量なので、ここでは鎌などの農具と見るべきか。

    • 刈り取った稲穂などは乾燥させるにせよ運ぶにせよ一つに束ねた方が楽だっただろう。もっとグロい意味な可能性も否定はできないが。

 上記を踏まえて。

一般的な解釈

 〈農民の一年間〉に結び付けると、次のように解釈されよう。

$$
\begin{array}{|c:l|}
\hline \\
\text{ 子 } & \text{子育て} \\
\text{ 丑 } & \text{紐(縄)を綯う} \\
\text{ 寅 } & \text{家の中で準備する} \\
\text{ 卯 } & \text{土を耕す(鍬で土を掻き分ける)} \\
\text{ 辰 } & \text{生き物の活発な頃に種を蒔く} \\
\text{ 巳 } & \text{芽吹き} \\
\hdashline \\
\text{ 午 } & \text{作物の背が伸びる} \\
\text{ 未 } & \text{穂先に実りがつき始める} \\
\text{ 申 } & \text{稲妻と共に熟す} \\
\text{ 酉 } & \text{収穫し保存する} \\
\text{ 戌 } & \text{残った根などの後始末をする} \\
\text{ 亥 } & \text{家畜を潰して冬に備える} \\
\hline
\end {array}
$$

 〔巳〕と〔午〕がやや苦しいが……
 〔巳:胎児〕という字義を忘れれば、字形から『土から出たばかりの芽(子葉🌱)』を連想することはありえるだろう。
 〔午:杵の動き〕は縦方向の変化を示すだけでなく、その反復する様子から転じて『折返し』に近いニュアンスを持った(昼12時を正午と呼ぶ由来)。つまりこの〔午〕も、中間折り返しを示すだけで農作とは関係ないのかも知れない。

 二十四節気でいうと〔子〕は冬至辺りなので、〔亥〕から〔寅〕が農業と直接関係しないことは理に適っている。寒すぎて農業はやりようがなかったのだろう。

(農民を戦争に駆り出すとしたら〔戌〕の頃しかない。やはり『妖怪首おいてけ』なのかも

あえての別解

 〈農民の一年間〉解釈はそこそこに筋が通る。が、別の解釈も否定はされない。
 例えば〈人間の一生〉。現代では全くあてはまらないが、古代生活の前提(早婚早産・早老短命)を鑑みればこれもありえそうだ。
 何しろ最初の字義一覧で確認した通り、十二支は〔子〕あかんぼうで始まり〔ほね〕で終わる。つまり生で始まり死で終わるのが十二支という体系だ。

$$
\begin{array}{|c:l|}
\hline \\
\text{ 子 } & \text{誕生} \\
\text{ 丑 } & \text{幼児期} \\
\text{ 寅 } & \text{少年期} \\
\text{ 卯 } & \text{婚約/婚姻} \\
\text{ 辰 } & \text{♡} \\
\text{ 巳 } & \text{妊娠出産} \\
\hdashline \\
\text{ 午 } & \text{人生の折り返し} \\
\text{ 未 } & \text{働き盛り・社会的出世} \\
\text{ 申 } & \text{上役・年寄} \\
\text{ 酉 } & \text{力仕事を引退} \\
\text{ 戌 } & \text{終活} \\
\text{ 亥 } & \text{死没} \\
\hline
\end {array}
$$

 1字につき3年弱、人生を30年強と想定すればこんなところだろう。

  • 婚姻:

    • 〔卯〕を『つがう・くなぐ』と解釈

  • 出世:

    • 〔未〕を社会的な芽と解釈

  • 上役:

    • 〔申〕は〔伸〕や〔神〕のように『長いもの・尊いもの』と結びつく。20代後半にあたるこの頃を過ぎればもう『長生き』。

  • 引退:

    • 〔酉〕を『壺作りや酒作り』と解釈。もう外で鍬は振るえない。

  • 終活:

    • 『それでも刈入れだけは手伝う』または『長く伸びた髪や髭を切って資源として遺す』を指す〔戌〕。

◆まとめ

 動物が割り当てられる以前の『チュウインボウ……』が何を示す体系だったのか、本当のところははっきりしない。
 しかし次のことはかなりの確度で言える。

〔子〕という字に鼠という意味は無かった。
〔丑〕という字に牛という意味は無かった。
 :
 :(以下略)

 神話か何かで、『鼠・牛・虎・兎……』の並びが覚えやすい(または良く知られていた)下地があったのだろう。それを受けて『チュウインボウ……』を広めたい誰が関連付けた。それによって〔子〕と鼠が結びついただけらしいのだ。

(ちなみに、動物の並びを覚えやすくさせた説話(?)の原典やどう受容されていたのかといった背景は伝わっていない。ついでにいえば現代では中国人より日本人の方がよほど干支を気にするという見方もある)

 だからといって、『〔卯〕と兎を結び付けるのは間違いだ』なんて話ではない。

 こういった語義の拡張は極めて一般的だ。
 例えば〔壺〕という字そのものに『カルト宗教』なんてニュアンスは――もちろん『巨大掲示板』も――含まれていなかった。にも関わらず一部の人にとってこれらの結び付きはとても自然だ。
 似た例は古今東西ありふれている。〔永田町〕が『国会』のことだったり〔五角形The Pentagon〕が『アメリカ国防総省』を指したり。

 一方、『〔卯〕という字は常に●●兎を指す』と考えるのは明らかに間違っている。『卯月(旧暦4月)ってどうして兎の月なんだろう?』と考えても恐らく答えは出ないだろう。
 季節的に〔ボウ〕に適していたから卯月と呼ばれたのかも知れない。あるいは単に4つ目Four-thだからか。だとしたら動物の兎はなんの関係もない。解釈は数多くありえる。

 年が変わる度にこんなことを考えている。
 ちなみに2023年、十二支は卯だ。が干支えととは十干じっかんと十二支を合わせたものなので、みずのと
 〔癸〕は陰陽五行でいう『スイ行のイン』であり『十干の10番目』のこと――なのだが。


象形。刃が四方に出た武器。回転させ用いるもので、回って元に戻るの意。

癸 - wiktionary.org

 何がどうしてそうなったのだろう。
 ことばって本当に不思議でおもしろい。

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