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モーリタニアのプルプル


 特に熱心に書きたいことがあるわけではないけど、深い時間まで寝付くことができなかったので、この文章を書いている。おまけに今は家のお酒を切らしている。家のお酒を切らしているということはつまり、家でお酒を飲めないことを意味する。家でお酒を飲めないということはつまり、実質的に寝るのが不可能であることを意味する。家には業務用のウイスキーとレモンサワーの素があるのだけど、この二つが仲良く揃って空になった。レモンサワーの方は消費が激しいので、まあ納得がいくけど、どうしたことか普段あまり飲まないウイスキーまでなくなっている。僕が飲んだ覚えはないので、飲んだ記憶を失ったか、記憶を失ってから飲んだか、二つに一つだ。それにしても二つの酒が同時になくなるなんて、ついてない。天体のことはよく知らないけど、おそらく皆既月食的な現象だ。あの位置に月があるときに太陽がこの位置を通ると、月が太陽にすっぽり覆われて地球から見えなくなります、みたいな。いや、それは違うか。とにかく、左手で三角形を描きながら右手で四角形を描くことができないように、二つの酒を同時に切らす時期を予測できなかったので、残念ながら素面でこの文章を書いている。


 ここ最近、周りではちらほら就活の話があがるようになった。なるほど、僕はもう大学3年になったのだ。お前は就活をちゃんとやっているのか、みたいなことをよく聞かれるけど、そういうときはできるだけ「ええ、嗜む程度には」とはにかみながら答えるようにしている。
 けれど就活というのは、いざ我が身になって痛感したけど、つくづくくだらない。すね毛の本数でも数えていた方がまだ楽しい。もしも「シュウカツ」がラテン語で「退屈な」とか「うんざりする」みたいな意味だったら、それはもう大納得だ。だいたい大学生の本分は勉強じゃないか! それなのになんでこんなことをしなきゃいけないんだ! 僕はこの二年間ろくに勉強をしてこなかったけど、それはそもそも勉強をするつもりがなかったからではなく、そんなつもりでは当然なく、「明日からやろうと思っていた」からにすぎない。それなのに就活という名の母親がちょっとあんた、ぐうたらばっかりして勉強なんて一つもしてないやないの、ちょうどよかったお使い行ってきて。何言うてんねんおかん、ちょうど今からやろう思てたのに。ああもう、そんなん言うからやる気そげたわ。
 とまれ、僕は就活をするために大学に入ったわけではないし、ましてや将来を見据えて文学を専攻したわけではない。将来のことを考えて文学部に入る奴なんかいるもんか。そんなの虫歯の心配をしながら飴を舐めるようなものだ。一般的に文学部は就職先の幅が狭いと言われている。それは果たして、文学が社会の役に立たないことを意味するのだろうか。もしそうなら「ブンガク」はラテン語で「絶望」や「吐き溜め」といったところだろう。僕が目指しているのは「タイタニック」で最後まで演奏をやめなかったあの勇敢な音楽隊みたいに、文学に心酔しながらゆっくりとくたばっていくことだ。もっとも、沈みかけているのは船ではなく文学そのものかもしれない。


 話は変わるけど、モーリタニアではタコのことをプルプルと呼ぶらしい。かわいいでしょ。いかにもプルプルしていそうな名前だ。ついでに言うと日本で食べられているタコの約三割はモーリタニア産で、何を隠そうあの大手タコ焼きチェーン「銀だこ」も、自信を持ってすべてのタコ焼きにモーリタニア産のタコを使っている。なんだかワクワクする話じゃないか。ちなみにそれだけ愛嬌のある名前を付けておきながら、現地民はタコのことを気味悪がって一切食べないらしい。
 とにかく、僕はこのモーリタニアのタコうんちくをどこかで発表したくてうずうずしているのだけど、なかなかその機会が訪れない。人間が普通に生きてたら佐賀に行くタイミングなんかない、とさや香がM-1で言っていたのと同じように、人間が普通に生きてたらモーリタニアのタコの話をする機会なんてないのだ。まったく世知辛い。けれど人生というのはいつだって奇想天外なので、ちょうどモーリタニアの水産業と日本の食文化の関連性について興味を持った人が僕の前に現れるということも、ないではない。それからちょうどプルプルしたもののうんちくを求めて東奔西走している人と巡り合うことだって、あるやもしんまい。だから僕はこのうんちくを後生大事に温めている。あるいはそんな特異な人をわざわざ待ちぼうけなくたって、もしかしたらこの文章を読んでくれる人がいるかもしれない。いたとしたら嬉しい。
 願わくは、プルプルに愛を。


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