「契約」ってなんだろう

気になった内容

 唐突だが、おもしろいWeb記事を見つけた。「システム開発をラーメンの注文に見立てたツイートが話題に!「納得」「うちの業界でも…」と悲痛な声が…」というタイトルで、システム開発で起こる問題をラーメンの注文に見立てたツイートが評価され、取り上げられたものである。評価された内容を以下に示す。

ラーメン屋で「醤油ラーメン」と注文した後に「半ライスつけて。餃子つけて。やっぱ塩で。ネギ多め。やっぱ炒飯で。メンマつけて。やっぱ味噌で。もやしつけて。海苔要らない」位の追加注文した客が、最初の醤油ラーメン代だけ払って帰るのを呆然と見るのがシステム開発です。

上記の内容はシステム開発における仕様変更の問題をわかりやすく表したものであり、私も共感してしまう。
 実はこの問題はシステム開発だけにとどまらない。この記事を少し下にスクロールすると受託性装置開発、デザインでも同じだという意見がある。さらには製造業でも同じことが起きている。オートメーション新聞で発見した「日本の製造業における生産計画の実態について」の中に以下の一文を発見した。

やり直しによる工数ロス:シミュレーションを実施したとしても、後から仕様変更になればもう一度やり直しになる。それなら、シミュレーションしない方が工数をかけずに済むということで、従来通りの方法で設計から立上げまでを進めてしまう。

このように製造業でも仕様変更は発生し、それによって設計、生産といった工程に関係する人がシステム開発を行っている人と同じような状態に陥っていることが考えられる。仕様変更の問題以外にも、要件定義や設計工程とリリース、製品納品までの納期が短すぎるといった問題も共通しており、これらの問題は業界問わず発生していることが予測できる。
 では何故このような問題が起きてしまうのだろうか。私の考えとしては、「契約」に関するルールがない、もしくは普及していないことと、システムに対する理解が不足していることが問題だと考えている。話が長くなるため、今回は「契約」についてのみ述べる。

契約とは

 まずは契約とは何か。コトバンク、大辞林第三版より意味を引用すると以下となる。

契約
私法上、相対する二人以上の合意によって成立する法律行為。

私法
個人の権利・義務など市民相互の生活上の法律関係を規律する法の総称。民法・商法など。

法律行為
当事者がその意思に基づいて一定の効果の発生を求めて行う行為で、法律がその効果の発生を認めるもの。

少々難しいが、まとめるならば「民法や商法における、2人以上の何らかの合意、同意によって、ある一定の効果を発揮させるための私的な行為で、その効果は民法や商法が保証する」と読める。具体的には、店で商品を買う行為も「店が商品を、客がお金を出して交換する」という契約であり、バス、タクシーなどの交通系サービスは「運転手がある距離まで運び、対価として客がお金を払う」という契約となる。個人対法人だけでなく、法人間でも売買契約や業務の委託に関しても、原理については同じ仕組みで成り立っている。

契約で起こる問題

 上記のように契約の仕組み自体は難しいものではない。どれだけ人、法人が集まろうとも同意に到れば、売買でも委託でも契約内容は保証される。しかし契約に関するトラブルは多い。なぜ契約トラブルは起きるのだろうか。推測が入るが契約トラブルを分類すると、ぼったくり、不良品、不用品販売といった悪意を持って合意を迫ったり、複数人で取り囲んだり、立場を利用して圧力をかけ、契約書にサインするまでは拘束するような同意を強要するように、契約締結までに起こるトラブルと、合意、契約を行ったにもかかわらず、契約後に要求を変更したり、無茶な対応を強要したり、思惑と思惑と違うという支払い拒否や返金要求といった契約後に起こるトラブルの2種類に分けられることはわかると思う。冒頭にシステム開発をラーメンで例えた話は契約後に起きた事例と考えることができる。ただ少し考えて欲しい。契約が成立し、製品用意したり、サービスを実施して契約条件を満たしているにもかかわらず、支払拒否や返金要求を行うのは問題だし、逆に契約条件を満たしていなかった場合は支払拒否や返金要求を行うこと自体はそれほどおかしく感じないと思う。一方、要求の変更や仕様変更といった契約の内容を変更、更新したいといった場合はどうして再契約や契約の破棄といった問題が起きずに要求変更、仕様変更といったことができるのだろうか

契約に関してちょっと調べ、思ったこと

 契約の更新について少し調べると、貸借については民法によって借り手が借りていたものを継続して使用することを貸し手が知っていて放置すれば継続更新となることや、その他は自動更新に関する条項が記述されているかどうかなどについては調べることができた。ところが仕様変更がどうして可能なのかは自分の調べ方が悪かったのか、民法や商法から仕様変更や要求の変更にともなった契約の更新に関する記述を見つけることができなかった。むしろ以下の商法

商法512条
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
参照:Wikibooks

のように契約範囲外の追加事由に関しては支払いの義務が必要だと考えられるものが見つかった。このように考えると仕様変更分の作業を無償で行わせたり、無茶な要求を契約後に行うのは御法度だと考えられる。また「信義誠実の原則」を考えても、無茶、無理な要求というのは問題だろう。ところが日本では、この仕様変更というものを平気で行ってしまう。何故だろうか。ここで最初に述べた「契約」に関するルールがない、もしくは普及していないことと、システムに対する理解が不足していることという私の意見に繋がる。システムが理解していないことに関する問題について、ここで簡単に述べるなら、仕様変更する内容が契約上の納期や品質にどのような影響を与えるかどうかについて、しっかり検討されないまま、顧客の要求に対して「Yes」と答えてしまうことが問題に繋がるだろう。さらには、こういった問題を起こさないための契約に関するルール、ガイドラインがないことも問題ではないかと思っている。

ちょっとしたまとめ

 上記のような問題、即ち納期、品質、価格に影響を与えるかもしれない仕様変更、要求変更に関する問題に対する契約における明確なルール、ガイドラインというものは実は日本には存在しない、もしくは普及していないくらいわかりにくい状態で放置されていると思う。その理由について、例えば英語を用いWeb上で契約"contract"を起点に調べるとする。すると辞書に書いてある意味だけでなく、わかりやすい説明や具体的な例など多数見つけることができる。さらに種類"types"、違反" breach"、変更"change"等々のキーワードも見かけ、検索すると様々な内容を見かける。特に自分が興味深いと思ったのが、偶然見つけた米国 "LegalNature"社の"Amending a Contract: When and Why"(翻訳すると「契約の修正」)に関する記事である。この記事では契約に関する基本的と思われることが多数書いてあった。その中の契約違反について、こんな一文がある。

Types of Contract Breaches

There are two general types of contract breaches: minor and material breaches. A minor breach means that there has been a small deviation from the requirements of the contract. This kind of violation can usually be remedied, and some contracts include a certain amount of time in which the minor breach must be addressed. Generally, minor violations do not affect the most important portions of the contract, such as the price or when goods or services should be delivered.

A material breach, on the other hand, affects the vital aspects of the contract. There may be ways to fix the breach built into the contract, but a material breach is generally reason to void the contract completely.

この文章は契約違反の種類に軽微なものと重大なものがあることを説明しており、前半が軽微なもの、後半3行が重大なものとなっている。ここで軽微な違反に関する説明の最後の3行、"Generally, minor violations ~ should be delivered."の部分と重大な違反に関する説明の"but a material breach i ~ the contract completely."の文について、Google翻訳にかけると「一般的に、軽微な違反は、価格や商品やサービスの配達時期など、契約の最も重要な部分には影響しません。」と「しかし、重大な違反は一般的に契約を完全に無効にする理由です。」に訳される。具体例をちょっと調べると、軽微な違反では配達に1日遅れてしまったけど、業務に影響を与えない範囲だったり、重大な違反では製品が完成しなかったために損害が発生した場合等、結構な頻度で見つかる。そのほかにも契約の更新方法、手順、契約違反を起こしてしまった場合はどうするのかなどいろいろ情報を見つけることができる。このように、制度やルール、ガイドラインといったものが用意され、我々にもわかりやすく整備されている。一方、日本語検索では、契約と契約違反に関しての記事は多いが、その他、例えば紹介した記事の中にある軽微な違反、重大な違反といったカテゴリやもし契約の変更といったもののほとんどが総括的な説明を行っているものが見つからない状態だと思う(自分が見つけられなかっただけかもしれないが)。そのため、ケータイや電気、不動産、労働に関しての契約トラブルは絶えないし、急な仕様変更、契約変更に戸惑う、もしくは嫌な対応を余儀なくされる企業、役所は多いと思う。こういった手をつけていない問題に対して、もう少し踏み入った制度、ルール、ガイドラインを導入してもいいのではないかと私は思う。例えば仕様変更において、時代に逆行してしまうが、要求の範囲外、さらには決められた契約書の範囲外の仕様変更は、再見積もりを行い、追加の契約が必要と民法、商法制限してしまうことや、無茶な合意や要求に対して、見積もりの範囲から大きく逸脱するような内容、もしくは、サービスに対する金額の提示や、システムに関する説明がなければ通報できるといった仕組みの導入といったものが考えられる。そして、それらの内容が我々一般人にもお馴染みになる程度には、教育やわかりやすい説明書、Web記事といった形で普及活動が必要なのではないかと思う。

最後に

 冒頭の内容は無銭飲食と同じことを説明していることはわかると思う。また、無茶な仕様変更の要求、常識を疑うようなクレームというのは恐喝や恫喝のような行為に近いのではないだろうか。この内容を多数の業界の方々が納得と感じているということは、今の日本のあらゆる業界、契約の場において、この無銭飲食、恐喝、恫喝が蔓延していると感じていることになる。これ即ち、日本の契約環境の治安が悪いと言っていることと同じではないだろうか。
 今日本では優秀な海外の労働者を呼び込みたいと考え、アピールをしている。しかし、肝心な「合意」をする環境が悪いとなれば、契約というものがしっかりと整備された環境にいる方々は、わざわざ無茶、無理な契約を強いる、治安の悪い環境にこぞっていこうと考えるだろうか。むしろ、日本人の方が契約がしっかりしている国々に出ていこうと考えるのではないだろうか。私はそう問いたい。

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