見出し画像

やさしさをつなげるためにはお互いをよく知ること? #021「『わたし』と『わたしたち』のご自愛」〜タイニーのご自愛タイムズ〜

タイニーのご自愛タイムズはご自愛について語り合う場です。ともこ&あこや、様々なゲストと共にそれぞれの日常を紐解き、「ご自愛」について探求していきます。

今回のテーマは、「『わたし』と『わたしたち』のご自愛」

ゲストは、東京大学大学院サステナビリティ学教育プログラム助教の工藤尚悟(くどう しょうご)さん。2回目の登場です。

▽前回のしょうごさんの記事はこちら

ご自愛をテーマに活動をはじめて約4ヶ月。わたしたちは【ご自愛ラボ】を立ち上げて「ご自愛とはなにか?」について、しょうごさん含め他のゲストの方やタイニーのメンバーと一緒に議論をしてきました。そのご自愛ラボでの研究を通じてわかったことについてお話をしていきます!

やさしさが連鎖するためにご自愛がある?

ともこ:「ご自愛」をテーマに活動する中で、「ご自愛」に対するイメージは人それぞれ違うということがわかってきました。

もともと「やさしさが連鎖する経済圏をつくる」というtiny peace kitchenのミッションがあり、そのためには「ご自愛」がキーワードになりそうだということで活動を始めました。だけど、「自分自身のご自愛」=「わたしのご自愛」をできる人が増えるだけでは、やさしさが連鎖していかないんじゃないか?と感じ始めてきたんです。

しょうご:そうですね。ご自愛ラボのチームで議論している中でたどり着いたのが、どうも「わたし」と「わたしたち」という2つの主語が大事なんじゃないか?ということなんです。

「わたしのご自愛」はみんながイメージする「ご自愛くださいませ」に含まれているご自愛。リラックスする時間を持ったり、温泉に入ったりして休むこと。これはわかりやすいんですよね。

じゃあ、そういう人が世の中に増えればやさしさが世の中に広がっていくのか?ということなんですけれど。自分自身のご自愛をできてないよりは、できていたほうがやさしさが広がっていくだろうとは思うけど、それだけでは十分ではない。一人一人が集まってグループになった時、その集団から醸し出されるやさしい雰囲気や空気感ができるには、「わたしたち」という主語が大事なんじゃないかという議論をしています。

画像1

まず第一に、セルフケアができている・あまりストレスがない・やりたいことがやれている・時間的にも余裕がある…みたいな状況がベースラインにあること。
その上で、社会と関わりながら集団としてのやさしさを出すには、「わたしとあなた」が別々にご自愛しているだけじゃなくて、「わたしたち」という主語も使いながらご自愛を考えると、やさしさがじんわりと連鎖する空間が生まれるんじゃないかな。


【You & I】ではなくて【We】としてのわたしたち

しょうご:「あなた」と「わたし」が単に一緒にいれば「わたしたち」という感覚が生まれるわけではないと思っていて。一緒に何かに取り組んで、ある程度時間や経験を共有することで「わたしたち」という感覚が生まれてくると思うんですよね。【You & I】ではなくて【We】としてのわたしたちということです。

ともこ:私は共感性の資質が強いからなのか、「わたし」と「わたしたち」という主語の境目はあまり明確に持っていないんです。だから個人だけを切り取って、他者と分断した状態で「ご自愛」って成り立つのだろうかという疑問があって。実社会で生きているとどうしても他者とかかわるから、「わたし」だけで区切れることってほとんどないですよね。「わたしたち」と捉えてご自愛していかないと、「わたし」のご自愛も本当はあんまりうまくいかないんじゃないかな。

画像2

しょうご:「わたし」のときのご自愛は、自分から自分にベクトルが向いているから、こういう事したら自分にやさしくできるな〜というのが割とパパっと思いつく。主語が「わたしたち」になって、社会とのつながりを意識した時に「やさしさって何だろう?やさしいってどういう状況なんだろう?」と考えた途端に難しくなるんだよね。

「やさしさが連鎖する経済圏」という言葉を見た時に、連鎖も経済圏もなんとなく想像つくんだけど、「やさしさ」のところだけふわっとするんだよね。でも、なんかふわっとしているのが結構大事だと思っていて、それはみんなで決めていいってことだと思うんだよ。

だけど、初めて会った人たちがいきなり「やさしさ」みたいな抽象的なものをこういうことだよねっていう風には決められないと思うんだよね。

ともこ:だから、会って話したり一緒にご飯を食べたりして、時間と場所とを共有していくことで「わたしたち」という主語を育んでいくんですよね。

しょうご:その主語ができて「こういうことをするとやさしい状態だよね」と自信を持って言える状況になったときに、初めて「わたしたち」という主語でやさしさが語れる気がするんだよね。

画像3

さっき、ともこが「わたし」っていうのは分断だって言ったけど、それはすごいキーワードだと思って。「わたしのご自愛」はセルフケアという意味ではすごい大事なんだけど、それだけを突きつめることはある意味分断になると思っているんだよね。5人いたら5通りのご自愛があって、それぞれ違うし、混ざらない。重なる部分もあるかもしれないけど、「わたしのご自愛」はそれぞれに独立していて、言い換えるとちょっとした分断だと思うんです。

個人が集まって、ある程度の時間と経験を共有することで、そのグループのキャラクターみたいなのがわかってくると、きっとグループでいる時の「わたしたち」という主語が生まれて、「わたしたち」の個性が生まれてくると思うんだよね。そして、その個性に合わせたご自愛ややさしさがきっと生まれる。それは多分、分断に対して、共感や繋がりなのかなぁと思うんです。

ご自愛ラボが言っているご自愛は「個体」で存在するものじゃなくて、「面」で存在するものというイメージがあります。「わたし」と「わたしたち」の両方の主語をバランスよく切り替えて、場面ごとのやさしさが話せる状況。それが広がるのが「やさしさが連鎖する経済圏」の原液になるのかも。

「わたしたち」という主語を育むには、個人の「願い」を叶えることがベースになる

ともこ:たとえば、家庭で「夫は私の願いなんて聞いてくれないから、私は一人でこういう風にする!」って分断しちゃったり、職場で「職場の人間にこんなことは絶対話さないぞ!」みたいな分断をしちゃって自分の安全を保つという場合がありますよね。こういった場合、願いじゃなく「恐れ」が前にどんどん出てくる。そうすると、「分断された状態」が安全になるからさらに分断が生まれていく。「恐れ」から行動するんじゃなくて、「こうしたい」という願いを先行させて、「わたしたち」という繋がりのある主語を作れる個人が増えていくと、社会全体がもう少しやさしくなれそうだなって思いますね。

しょうご:「願い」ってキーワードかもね。グループにいる人たちの一人一人が願いを叶えられる状況・環境があることは、すごくやさしいよね。

画像4

世の中の職場には「これができなかったら降格だ!」みたいなやり方もある。だけどそれは相手を怯えさせて、会社・組織のミッションや利益に向けて効率的なグループを作っていくためにしている方法だと思うんだよね。だから、さっきともこが言ってた全員にとっての願いを最大化することは…この恐れさせる方法とは真逆で、多分すごい手間がかかることだよね。

ともこ:超手間かかるんですよ〜。

しょうご:すっごい手間がかかるから、利益を出すための事業という意味ではものすごく非効率なことだとは思うんだけれど、ものすごく人間的だよね。

ともこ:そうだね。人間らしく生きたいっていう欲求があります(笑)。


やさしさがつながる社会を作るためには、コミュニケーションをとってグループのメンバーのことを知って、お互いを尊重し合うことがどうやら大事そうですね。「わたし」個人はもちろん、「わたしたち」のご自愛について一緒に考えを深めてみませんか?

今回ゲストとして登場していただいた工藤尚悟さんがご自愛カフェにいらっしゃいました!

「ご自愛カフェ」は、対話を通じて、参加するみなさんと「ご自愛」を探求するイベントです。
ご自愛という概念を軸にした対話を通じて、自分が感じていることを話せて、その場で話されることを自由に持ち帰っていただけます。
9/17の開催レポートは後日お楽しみに!


▼今回のご自愛タイムズの内容は、タイニーのご自愛ラジオに収録されています。
通勤時間や、料理をしながらなど、スキマ時間にぜひ聴いてみてくださいね。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?