探偵と相棒の新しい形?

■エラリー・クイーン『ローマ帽子の秘密』


これが小説家エラリー・クイーンの、そして探偵「エラリー・クイーン」のデビュー作。

突然ですが、クイーンのミステリーは「数学の証明問題を解くのが好きな人」に向いているかもしれない。

その理由は二つ……
(1)クイーンの謎解きは、数学の方程式のように、イコールの左右を完全に一致させることに心血を注いでおり、曖昧な部分を残さないから。
(2)数学の中でも証明問題を解くのが好きな人は、複数の公式を組み立てて論理的一貫性をもつ「文章」にすることを好む。それ自体がクイーンの謎解きの性質であり、なおかつ、証明問題好きは上記の理由から長文の読み書きに耐性があることが多い。

(2)についての補足。クイーンのミステリーはとてもストイックな一方で、物語性は弱めな印象。なので淡々と事件を検証できる人、かつ長文を読むことに抵抗がない人、でないと途中で挫折しちゃうかも……と思う。

「でも、論理がそう教えている。全部で十あって、二と三と四の和を除いたら、あとは一しか残っていない……古めかしい考え方で申しわけないけどね」

逆に言うと、物語性や世界観に没入することを読書の目的にしている人は、クイーンを好まない気がする。コナン・ドイルが好きでもクイーンを好まない人は多いかもしれない(両方好きな人もいると思います)。


『Xの悲劇』『Yの悲劇』と比較すると、個人的な感想では、物語の完成度では『X』『Y』に軍配が上がる気がした。この二つのうちどちらを好むかは、人それぞれかなぁ。私は僅差で『Y』を推します。理由は登場するキャラクターの完成度が高い(=個性がきちんと描かれている)こと。でもストーリー自体は『X』が好きです。

『ローマ帽子の秘密』は、探偵役のエラリー・クイーンが魅力的だった。ホームズの飄々として愉快な人柄に、デュパンの変人っぷりを少し仕込んで、より優男に近づけた……という感じ。笑 表紙のせいかもしれないけど、エラリーのイケメン感に惚れる女子はいると思う(ちなみに、イメージが固定される表紙は普段あまり選ばないのですが、翻訳の評判がよかったので角川にしました)。


これは勝手な想像だけれど。小説家クイーンは頭脳明晰なだけでなく、非常に意欲的な人物というか、新しいことをしたりドッキリを仕掛けたりするのが好きな人だったと思う。わざわざバーナビー・ロス名義で何年間も読者を騙したり、作者名と探偵名を一致させてみたり、読者への挑戦状を挟んだり、仕掛けに対するこだわりが強い。だから、従来のホームズ&ワトスン的な「頭脳明晰だけど変わり者な探偵」と「要領はあまりよくないが人のいい相棒」の関係性も壊したかったんじゃないかな、と思った。

父親リチャードは警官(探偵に近い役割)だが、そこまで推理が鋭くない。一方の息子エラリーは小説家だが、推理においては天才的。これはホームズ(探偵/天才)とワトスン(執筆/凡人)が壊れた状態ともいえる。

※注 ただしエラリーはワトスンのような語り役ではない。突然エラリー名義の注釈が入っていたりするが、この著者兼登場人物?という位置づけを、まだ正確に理解できていません。

その(ホームズ役の)天才エラリーが、キャラとしてはワトスンの「いい人」ポジションも担っている。お父さんは短気なのであまり癒し系ではない。こうなると、エラリーがホームズ兼ワトスンの一人二役感すらある。

じゃあ、お父さんはいらないのか!?……というと、これまた複雑な話になるのだけど、ホームズシリーズのレストレードやポアロシリーズのジャップのような、警察官ポジションを兼ねているのかもしれない。

それとこのお父さん、「息子には甘い」「息子がいないと寂しい」という、父としてのダメさが強調されている。ワトスンやヘイスティングスの「女性への惚れっぽさ」というダメ男感(母性本能をくすぐる性質)を「息子への弱さ」という形にアップデートしてみたんじゃないかな。

……っていったい私はどの評論家を目指してるんだ!笑(と思わずセルフツッコミ)


願わくば、もう少しストーリーが強いといいのですが。国名シリーズでは『ギリシャ』『エジプト』の評価が高そうなので、そこは読んでみたいです。

アガサ・クリスティーと比較すると違いがわかりやすくて、いろいろ考えてしまう。どうしてこんなに考察してしまうんだろう。楽しいけど…



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