私が愛した芸術
「関ジャム完全燃SHOW」というバラエティで毎年始めに特番をやっている。「プロが選ぶマイベスト」と題して、音楽プロデューサー3人がそれぞれ前年のベストソングを選ぶというものだ。
私は関ジャムをよく知らないのだが、数年前にたまたま見たこの特番にどハマりして以来、毎年TVerで視聴している。
今年もTVerの視聴期限ギリギリにようやく見ることができた。メンツは安定の
・いしわたり淳治
・蔦谷好位置
・川谷絵音
という3人だった。
毎年見ても飽きることがなく、本当に面白い。
中でも気になるのが蔦谷好位置さん(この番組ではじめて知った)。音楽リテラシーが高すぎて、解説が外国語のようでなかなか理解できない。選出する曲も小難しいものが多く、「正直、よくわからん」と思うことが多い。けれども、一人だけ必ず目の前に置かれたキーボードを叩きながらコード進行の妙を熱く語る蔦谷さんの解説は、わからないなりに面白く、いつも見入ってしまう。
(おそらく具現化系の念能力者で、キーボードは彼の念能力だろう。)
今年蔦谷さんが選んだ一位は、君島大空というアーティストの楽曲「crazy」だった。
私は少し前に君島くんにハマって繰り返し聴いた時期があったので、
「お、珍しく蔦谷さんとシンクロできた」
と、少しうれしかった。
けれどもその後の蔦谷さんの解説は、思いもよらない感情を私に与えてくれた。
・・・
TVerの視聴期限が切れてしまったので発言を正確に記録しているわけではないことをご了承いただきたい。
蔦谷さんは「解説するのもばからしい」と前置きをした上で、解説を始めた。彼は、この曲が入ったアルバムを聴いて涙したと言った。
君島くんの音楽を聴いて「自分がこういう作品を作りたくて音楽をやっているんだ、と思い出した」と話した。
かつてベートーヴェンらの時代、「交響曲第x番」のように音楽には題名やモチーフがなく数字で番号を振られるのみだったという。でもある時、「ジャジャジャーン」という出だしの音が「運命の足音のようだ!」と捉えられて『運命』と名がつくようになり、それから音楽はテーマ性を持つようになったのだ──という解説をしていた(前者と後者にそれぞれ用語が与えられていた、非常に残念ながら失念してしまった)。
君島大空は前者、つまりテーマ性で伝えるのではなく、純粋に音の流れで心を打つ音楽である。それが自分の目指すものであり、理想系をここに見た。
──と、蔦谷さんは熱く語った。
私は蔦谷さんの語りを聞きながら、その瞬間にとても救われたような心地がした。
蔦谷さんが音楽を心の底から愛していること、
そして、とても時間をかけて、努力していることがよくわかった。
努力しているからこそ、自分より遥かに若い才能をここまで賞賛できる。
また彼の求める音楽には終わりがなく、ユートピアのようで、
それでこそ夢中になったのだろうし、今なお夢中になれているのだろう。
その全てが眩しく、あまりにも姿勢として正しすぎ、
同時に彼の眼が懐かしく、ほっとした。
テレビに出るような有名な音楽プロデューサーでも──蔦谷さんに限らずいしわたりさんも川谷さんも──とても素直に、「音楽が好き」と額に書いてあった。彼らの辞書に「費用対効果」や「効率化」などという概念は書かれていないに違いなかった。
・・・
周りを見渡せば、様々な職業を選んでいる人がいる。ライフスタイルも千差万別だ。みんながみんな良い面を見せる。だから私はいろいろな人を見て、羨んだり、落ち込んだりする。この先もそんな葛藤を繰り返すのだろう。
それでも決して忘れたくない感情を、蔦谷さんが思い出させてくれた。
音楽や美術に限らず、小説でも、映画でも、広く「芸術」と呼ばれる作品たちが時折与えてくれる計り知れない心の揺さぶりを、私は愛している。それを信じて生きたいと切望したから、今ここにいるのだろう。
心の中に美しい思い出がたくさん収納されていることを忘れかけていた。久しぶりに、その引き出しを開けてみたくなった。
──エッセンシャルとは呼び難い私の仕事は、苦しんでいる人を直接的に救うことができない。けれども、美しい作品が心を貫く刹那の力強い感動は、きっと誰かを救い、支えることができる。
そう信じたい。
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