見出し画像

ミステリーと冒険譚、最後にして最高の出会い

■アーサー・コナン・ドイル『恐怖の谷』

ホームズシリーズの長編4作のうち、個人的にはこの『恐怖の谷』が紛れもなく最高の出来だと思った。

ホームズを読むといつも感じる。言語化できる教訓めいたもの──つまり一般的に「哲学」と呼ばれるような内容があまりなく、それでいて単純に、ものすごく面白いのだ。


長編1作目『緋色の研究』でとられたような二部構成。第一部はホームズが殺人事件に立ち向かい、第二部は過去に遡る、という構成自体はほぼ一緒。

しかしまぁ……『緋色の研究』の時にも思ったけれど、この構成のすごさよ。

何がすごいっていうと、普通は物語が登り調子なところでバサッと打ち切って「あ、ちょっと全然関係なさそうに見える過去の話に切り替えるんで、すみませんがもう一度頭からお願いします」なんて、できないのだ。全然違う年代の全然違う舞台の話をいきなり読まされるって、読者にとってある意味苦痛だから。「えーまじかー」という気持ちに、少なからずなる。

その思いきった構成をやってしまい、そしてガッツリ読ませてしまう筆力。物語に引きずり込む力がすごい。風景描写も読ませるが、それ以上に人物描写だろう。コナン・ドイルの描く人物は本当に魅力的だ。これにはクリスティもチャンドラーも敵わないと個人的には思っている(ただし女性の描写は単調なので、クリスティに軍配が上がる)。会話も上手い。やや時代劇っぽさ、朝ドラっぽい大袈裟な雰囲気はあるものの、短いので食傷とまではいかない。

今回の第二部も、もう信じられないくらい面白くて、確かにミステリーなのだがそれ以上に「物語」だなと……本当に感動した。ミステリーとして推すべきかは迷うところだけれど「オススメの小説」としてなら間違いなく推せる。かなり推せる(なんか暑苦しいな 笑)。


ホームズの推理力はそこまで際立って描かれない。もしホームズの活躍とカッコよさに触れたいなら『バスカヴィル家の犬』のほうがいいと思う。ホームズファンとしては、少し寂しさが残る分量ではあった。

にも関わらず、これが長編最高傑作と思うのには理由がある。ネタバレになるから書けないけれど、ある展開がめちゃくちゃ衝撃的でめちゃくちゃ心を掴んでくるのだ。

まるで映画を観ているかのような緊張感。予想をくつがえしてくるどんでん返しの連続。この一冊の中で、何度「やられた!」と思っただろうか。

読み終わったばかりなので第二部の印象が強いけれど、第一部も文句なしに面白い。ミスリードの巧みさには舌を巻く(ミスリードに素直に引っかかる性格で幸せだなと、あらためて)。


可能ならば、モリアーティ教授が登場する「最後の事件」を読んでからのほうがいいのかもしれないけれど、先にこっちを読んでしまっても構わないのではと、個人的には感じた。出版されたのは後だけど、事件が起きた時系列でいえばこちらが先なので。

コナン・ドイル先生……恐れ入りました。


「いま現にあなたがたは、情勢への魅力で心をおどらせ、猟人の期待で興奮しているけれど、もし私が時刻表のように明確なやりかたをしたら、心のときめきなんかあるでしょうか?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?