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「若くて美しいというのは、罪なことです」

■アガサ・クリスティー『ゴルフ場殺人事件』(最下部にネタバレあり)

「無分別もいいところだが、それはきっと若くて、美しい女性なんでしょうな。若くて美しいというのは、罪なことです」(P.159)

『スタイルズ荘の怪事件』に次ぐ、ポアロシリーズの二作目。

ある意味でとてもミステリーらしく、同時にとても物語らしい。ミステリーが好き!……というわけでは“ない”人にとって、読みやすい小説だと思う。

この頃のクリスティはまだ、ホームズとワトスンを意識しているような気がする。ポアロとヘイスティングズの関係もそれを倣っているし(ヘイスティングズが語り手であることと、女性に弱いのもワトスンと類似)、ポアロがホームズの捜査を皮肉るような発言がしばしば。「俺はホームズとは違う!心理を読むのが俺の強みだ!」という感じ(なぜ口調が違う 笑)。

ポーを敬愛したコナン・ドイルはホームズをしてデュパンを皮肉らせ、コナン・ドイルを敬愛したクリスティはポアロをしてホームズを皮肉らせる──この感じ、ほんとうに胸熱ですよね。

で、ホームズを意識しているからなのか、ヘイスティングズの存在のおかげか……?ポアロのキャラが他の作品よりも優しく感じられて、ちょっとドキっとしちゃう。明らかにダメなヘイスティングズを優しく導くポアロは、ビジュアルさえ目をつぶれば(笑)なかなかどうして男前!

ホームズのように自分がグイグイ行って、ドヤっと種明かしをしたいタイプとはまた違って。

「仕方ない、ヒントを出してあげよう。そう、その通りだ。じゃあ次はどうなる?ビヤン!素晴らしい」

みたいな(これ創作 笑)。

読みながらヘイスティングズに自分を重ねて、ポアロ(イケメンと想定)に導いてもらっているところをイメージして……という楽しみ方ができるのは、ポアロシリーズを10冊以上読んだ中でも初めてだったように思う。これまでポアロにドキドキなんて全くなかったな。笑


ストーリーについて。

全体的な感想としては、上述のようなポアロのカッコよさ、ヘイスティングズのダメダメ感とラブロマンス──が純粋に読み物として面白い。また、クリスティらしく複雑で重層的な人間関係を取り入れた事件、予想のできない展開に、相変わらず感服しました(本当に頭がいい)。

ポアロとヘイスティングズの関係を知るという意味でも、ポアロシリーズでは読まなきゃいけない一冊だと思います。読んで良かった。


★以下重大なネタバレあり★







結末について。

二転三転するどんでん返しは面白かったのですが……時代背景のせいかもしれないけど、古典ミステリーに散見される「犯罪者の血筋」という流れがどうしても受け入れがたかった。

真犯人がベラではなくマルトだったのが、「普通の女の子を犯人にするのは結末としてよろしくないから、犯罪者(のような思想を持つ親)の血を引いた女の子を犯人にしよう」という意図として、感じられてしまったのです。

だって、ベラとマルト、立場はそんなに変わらないものね。どっちが犯人でも展開させることは可能というか。で、マルトが単純に金目当てでしかなく、内面をあまり描いていないのもやや可哀想というか。こうまで女性の内面を無視するのはクリスティらしくないなとすら思う。

「犯罪者の子だから」「血筋だから」という話。これまでいろんなミステリーを読んでいて何度かあり、そのたびに首を傾げてしまった。今の時代だとちょっと差別的というか……今なら逆に「犯罪者の子だけど普通だよ」というメッセージを打ち出したくなるところだと思う。だから、時代なのかなぁ、と。

それが気になったので、ラストで若干残念な気持ちになってしまいました。というのが本音です。ヘイスティングズがポアロに導かれて推理しているあたりはすっごく面白かったんだけど、面白かっただけに、すこし残念でした。

あと、クリスティは結末が強引な印象をよく受ける。というか……結末にそんなに興味がないような……!?なんとなく、彼女にとって力を入れているのはそこじゃないのかなぁ、と思っている。


しかし。こんなに夢中になって一気に読める小説ってなかなかないので、素晴らしいのは確かです。

「大事なことはすべて語られると決まっているわけじゃないんだからね。ときによっては、わざと語られない場合もある。どっちをとるかは選択の問題なんだよ」(P.205)

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