The Final Problem

■アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの思い出』

「ワトスン君、これからさきもし僕が、自分の力を過信したり、事件にたいしてそれ相当の骨折りを惜しんだりするようなことがあったら、ひとこと僕の耳に『ノーバリ』とささやいてくれたまえ」(P.97)


色々と書きたいことはあるのだけど、”The Final Problem”「最後の事件」を読むと、なんだか元気が出ない。しかし(有名とはいえ、一応)ネタバレになってしまうから、そのことに詳しくは触れないでおきます。


収められている10の短編のうち、後半の「ギリシャ語通訳」「海軍条約文書事件」「最後の事件」が特に面白かった。

「ギリシャ語通訳」は、切迫した状況でも機転を利かせた通訳の男がカッコいい。また、ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズが登場する回でもあるから、それだけでワクワクする。もうそろそろ沼が深すぎて溺れかけている(ホームズへの感情移入が……笑)。

「海軍条約文書事件」は、他の短編より長く、読み応えがある。いつも短編が若干物足りなく感じるのは、単純に長さの問題かもしれない。比較的会話が主体で、登場人物も多く、読んでいて楽しかった。

「最後の事件」は、悪名高きモリアーティ教授が登場する。ハラハラ感、ワトスンの優しさ……もうこれ以上は何も語るまい……。


冒頭の引用は、今までで一番ぐっときたホームズの台詞。

自信家なホームズがときたま見せる内省的な一面が素晴らしい。自信にしても根拠がない自信ではないし、自分と同等(「マスグレーヴ家の儀式」の男)あるいは自分より上(マイクロフト)の存在を正確に認める度量も持ち合わせている。カッコいい。

もしかしてホームズは、現代のイケメンキャラの元祖ではなかろうか……線が細くて背が高くて格闘家で薬物やってる探偵。


一冊を通じて感じたのは、ドイルの短編は「出だし」が上手いな、ということ。

ひとつ短編を読み終えると「どれどれ、次のもちょっとだけ見てみよう」とついページをめくるのだけど、出だしだけ読むつもりが、引き込まれて読み進めてしまう。

例えば「マスグレーヴ家の儀式」の冒頭。

 シャーロック・ホームズの性格のうちで、異常な点として、いつも私の気になっていたことは、思索の方法こそ世にも整然と、そして簡潔で手ぎわよく、また身のまわりの服装、身だしなみこそいつも几帳面に端然としているが、日常の起居出入、その他やることが、同宿者でもあればほとほと持てあますだろうほど、だらしのないことである。(P.173)

とこんな調子で、ほぼホームズかワトスンの具体的な話で始まる。その具体性がポイント。読者は例外なくホームズとワトスンが大好きなので、彼らの話が出ると、興味を持たざるをえない……という仕組みになっている。

決して「昔々あるところに」というような「事件の説明」から入りはしない。あくまで、ホームズとワトスンの話から入る。読み手を引きつける文章として、勉強になる。


しばらくは彼の思い出を胸に、他の作家を読みます。


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