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本当に好きなものと大切なことだけを残して

子育てをすると、時間もお金も精神力も奪われます。でも、時間もお金も精神力も奪ってくる小さな生命体との生活こそが、

「自分にとって本当に好きなものは何か?本当に大切なことは何か?

を考えさせてくれる。そういう“生活のブラッシュアップ”自体を私は楽しみ、また心地よく感じてもいます。

前回の記事では「子どもがかわいい!だから子育ては楽しい!」としか書けず、言葉足らずだったなと反省しました。私が感じる「楽しさ」について、きちんと書いてみたいと思います。


身の回りのすべてを断捨離する

子育てを実際に経験してみると、本当に、時間もお金も精神力も削られていきます。──が、「削られている」けれど、トータルで「減ってはいない」というのが私の体感です。

どういうことかというと、「自分というリソースの中から、子育てに対して一定の時間/お金/精神力が割り当てられた結果、残った(余りの)時間/お金/精神力の使い方が最適化される」のです。

例えば、お金。私が自由に使える小遣いは、ざっくりと半分程度に減りました。すると当然買えるものは半分に減ります。その結果私は、減ったお金を何に使うかすごく考えるようになり、本当に欲しいものを吟味するようになったのです。

時間や精神力についても同じです。これは本当に自分にとって大切な時間の使い方か?なあなあで続けている何かにメンタルを削られていないか?等々……

シビアな状況下に置かれてはじめて、私は無意識のうちに、あらゆる物事の断捨離をするようになりました


なあなあの浪費に別れを告げて

これまでの人生において、お金や時間の使い方、あるいは労力の割き方を見直すきっかけはありませんでした。なぜかといえば、極限までお金/時間/精神力が圧迫される事態に(幸いにも)陥らなかったからです。

ダラダラとお金や時間を浪費する日々もそれはそれで楽しかったし、今でも過去を否定するつもりはありませんが、今はあらゆる断捨離に励むという新生活を楽しんでいます。

そういう視点で生活を眺めると「ここは妥協していいや」というポイントがいくつも見つかります。

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例えば、味噌汁の出汁は、毎回取るのをやめてインスタントにしました。夫は味に疎いし(たぶん気づいてない)、味噌汁を作って飲むこと自体が大事なんだ!と妥協したのです。

他に、なんとなくで塗っていたスキンケアは「本当に肌に効いてるか?」という視点で減らしたりグレードダウン。洋服やアクセサリーも「本当に、本っっ当に欲しいのか?」と自分に問いかけるようになりました。

ネットやSNSの見過ぎは知らず知らずのうちに時間や労力を酷使すると感じたので、こちらも最低限に抑えられるよう、iPhoneのホーム画面を配置換えしました(これだけで驚くほど見なくなったので、依存しがちな方にはおすすめ)。

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ただ、必ずしも減らす・捨てる・諦めるだけでなく、逆に大切さに気づいた物事もあります。例えば、美容院。以前は「美容院にお金をかけなくてもスタイリングで誤魔化せばいいや」と思っていましたが、今は「髪型さえちゃんとしてればなんとかなるから、ここを削るべきではない!」と軌道修正。無理をしてでも定期的に行こうと決めました。

また、検討した結果「やっぱり妥協できない、すべきでない」と、支出を継続している物事もあります。例えば、家具。「死ぬまで何十年も使うつもりで良いものを選ぼう」と以前から考えていたし、子どもが生まれてもその気持ちは全く変わりません。それから、書籍代。読む時間自体は減ったものの「本に関しては失敗を恐れず資金を投じよう」という考えもブレません。時々美味しいパンやケーキを買うという「ご褒美」も私にとっては大切な息抜きだと気づいたので、無理してやめるつもりはありません(ただし特別感を失わないよう、週一程度にとどめています)。

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つまり、減らしたり、諦めたり、逆に増やしたり、あるいは継続したり……といった取捨選択を強いられることによって、お金も時間も精神力も、消費が最適化される。結果として、自分の“生活がブラッシュアップ”されていく。そのプロセス自体を私は楽しみ、また心地よいと感じています。


生活をブラッシュアップするというゲーム

「子育ては、時間やお金や精神力を必要とする営みだ」。これは、未経験者も含む多くの人の共通認識だと思います。私も以前からそうイメージしていました。まさにその認識こそが「子育ては大変そう」という恐れの根幹にあったのです。

「子どもを産まない理由」はより容易に並べられた。

経済的負担が増すことへの不安
キャリアが中断することへの不安
ひとりの時間が失われることへの不安
夫婦もしくは一人で気軽に遊べなくなることへの不安

……正直、不安ばかりだった。

子どもを産むということ②

しかし上述のように、子育てによってむしろ生活が整っていくな、と今は感じています。

我慢は確かにたくさんしています。以前の自分が大事にしていた時間はいくつも失われています。でも「かわいいから許す」。以上!

子どもを産むということ⑦

↑これはちょっと図式を単純化しすぎました(汗)。正確には「(子どもがかわいいのに加えて)ゲーム感覚で生活のブラッシュアップを楽しめるので、我慢もそこまで辛くない」という感じです。

断捨離して部屋がスッキリすると気持ちいい、という感覚によく似ていて、生活がスッキリするとなんだか身軽になって動きやすくなります。

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と は い え。

そうやって楽しめる時期もあれば、「あーあーもっと自由が/お金が欲しいよ〜〜」と嘆く時期もある。というのが、もっともっと正確な事実です。

そんな時も、半べそかきながら「どうすれば自由が得られるだろう?」と悩み、考え、解決策を探しています。試行錯誤、山あり谷あり、一難去ってまた一難……の毎日です。

その全てをひっくるめて「かわいいから許す!」──なのかもしれません。


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