ホームズの恋?

■アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』

シャーロック・ホームズは彼女のことをいつでも「あの女(ひと)」とだけいう。ほかの名で呼ぶのを、ついぞ聞いたことがない。彼の視野のなかでは、彼女が女性の全体を覆い隠しているから、女といえば、すぐに彼女を思いだすことになるのだ。(P.7)

「あの女(ひと)」の話、『ボヘミアの醜聞』でこの一冊は幕を開ける。

ホームズがアイリーン・アドラーに抱いた感情は恋愛感情ではない。と、冒頭でワトソンがわざわざ断っている。だがしかし結末を読んだら

「ちょっと!それは恋愛感情に近いんじゃあない!?」

とツッコみたくてしょうがなかった。

……でもきっとワトスンの言うことは正しくて、ホームズは純粋に、彼女の知性と機転と勇気に感銘を受けたのだろうなぁ……そんな風にモヤモヤしている自分の感情は明らかにアイリーン・アドラーへの嫉妬めいたものであり、つまり、ホームズに惚れてしまったみたいだ。よりにもよって19世紀の二次元キャラに。汗

「僕の生甲斐は、生存の退屈さからのがれようともがくことで終始しているんだね」(P.104)


この本には、コナン・ドイルが雑誌『ストランド』で連載した短編がまとめられている。月刊誌で一年分だから本来は12編のはずが、「分厚くなる」という理由(!?)で新潮社側が削ったそうで、10編しか収録されていない。残り2編は『シャーロック・ホームズの叡智』に入っている。

だから「新潮社版のホームズをおすすめしない」というレビューもネット上には散見される。

当初私はよく理解できず、「あとで『叡智』をまとめて読めばいいのでは?」と軽く考えていた。

確かにそれでもいいけれど、ホームズは順番通りに読みたいものなんだ、とわかった。ホームズとワトスンがだんだん親交を深めて年齢を重ねていく様子だったり、しばしば話題にのぼる過去の事件の話を、うっかり逆の順序で読んでしまいたくはない。

うーん、順調に沼に落ちている。


いくつかの物語では、推理の苦手な私でも展開が読めた(一般知識として知っていた『オレンジの種五つ』やなんとなく察した『花婿失踪事件』『花嫁失踪事件』など)ので、事件としてのハラハラが毎回あるわけではなかった。どちらかというと長編のほうが、冒険味溢れていてグッときた。

けれど、ホームズとワトスンの会話……特にベーカー街221Bのアパートメントにおける会話は、いつも愉快でホッコリする。ワトスンの、とことん受け身でやさしいキャラクターがいい味を出している。

冒頭に書いた『ボヘミアの醜聞』とそれに続く『赤毛組合』が特に好きだった。前者はアイリーンにやられるホームズに弱さを見てときめくし(笑)、後者は「赤毛」の絵面、予期せぬ展開、謎が解けていく感覚……ストーリー全体が出色の出来だと感じた。

「一般に事件というものは、不可解であればあるだけ、解釈は容易なものだよ、ちょうど平凡な顔というものが見覚えにくいように、平凡で特徴のない犯罪というものこそ、ほんとうに解決がむずかしいものなんだ」(P.82)


『〜叡智』の2編を読んでから『〜思い出』へ続こうと思ってます。

その前に少し他の作家を読みます。ポ―の全集と、エラリー・クイーン『Xの悲劇』!


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