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【読書】のマガジン

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2021年2月の記事一覧

「愛のために乾杯だ。真実の愛のために」|あるいはコンテンポラリーダンスのように

■レイモンド・カーヴァー『愛について語るときに我々の語ること』 「さあ、みんなで乾杯しようぜ」と彼は言った。「乾杯の音頭を取らせてくれ。愛のために乾杯だ。真実の愛のために」(P.249) ポール・オースターに続いてレイモンド・カーヴァーを選んだのにはわけがある。 以前読んだ、村上春樹と柴田元幸の対談『翻訳夜話』の中で(以下の記事)、二人がオースターとカーヴァーの短編を「翻訳し合う」という面白い試みをしていた。村上氏はカーヴァー、柴田氏はオースターにそれぞれ傾倒していると

「その何かを、僕はいま、愛と定義する」

■ポール・オースター『ムーン・パレス』 僕は崖から飛び降りた。そして、最後の最後の瞬間に、何かの手がすっと伸びて、僕を空中でつかまえてくれた。その何かを、僕はいま、愛と定義する。 (P.79) もう10年ほど前になるが、「今、どうしてもニューヨークに行かねばならない」という予感めいた強迫観念に覆われて、ニューヨーク一人旅をした。 その際に(当時シティホテルに泊まるお金はなかったので)連泊したゲストハウスの名前が「ムーン・パレス」だった。場所はマンハッタンではなく、クイー

ダイダロスの比喩と太陽の比喩

■プラトン『メノン─徳(アレテー)について』 光文社古典新訳文庫では、アリストテレス『ニコマコス倫理学』とセネカ『人生の短さについて』を読んだことがあり、哲学書を読むなら光文社!というぐらい気に入っている。なので、プラトン入門も当然光文社から。 さてさて、この『メノン』。翻訳のおかげかもしれないし、対話形式だからかもしれないが、とても読みやすい。 しかし──「読みやすい」のと「理解している」のは、違う。と今回、強く感じた。 ……というのも、光文社古典新訳の特徴の一つに

「私は彼の心を研ぐ砥石だった。刺激剤だった」

■アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの事件簿』 私は彼の心を研ぐ砥石だった。刺激剤だった。彼は私を前において、考えることを口に出してしゃべりながら、思索をすすめるのが好きだった。 (P.245) 2020年1月に『緋色の研究』から読み始め、順を追って読み進めたシャーロック・ホームズシリーズ。ついに最後の一冊を読み終えてしまった(厳密には新潮文庫の場合『シャーロック・ホームズの叡智』が残っているが)。 長編を除くと、短編集では5冊目ということになる。ここまで

言葉というメディウムをもつ盲目の人

■ホルヘ・ルイス・ボルヘス『七つの夜』 ボルヘスが七夜にわたって講演を行なった記録。以前書いた『語るボルヘス』と似た形式だ。七つのテーマは以下の通り。 「神曲」 「悪夢」 「千一夜物語」 「仏教」 「詩について」 「カバラ」 「盲目について」 (『語るボルヘス』よりも全体的にややとっつきにくいテーマかもしれない) ボルヘスは、自他共に認める「記憶の人」である。多読な上に記憶力がとてもよく、様々な作家や作品を脳内にストックしているようだ。 私は記憶力が非常に悪い人間な

文字が奏でる不協和音

■アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』(途中からネタバレ) 私がアガサ・クリスティを読む動機は「ミステリーだから」だった。そんな単純な理由で、「ミステリーではない」この作品を読むのはずっと先延ばしにしていた。 『春にして君を離れ』について未読の方にまず伝えたいのは、 〈できるだけ前情報なしで読んだほうがいい〉 ということだ。これはアガサ・クリスティの著作全般について言えることなのだが、本作が「ミステリーではなくサスペンス」だとしても同様に「ネタバレ厳禁」である。