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ちんちんが短歌の歴史を勉強したいので本を読んだこと

〇先生、あのね。

 僕は、ちんちんなのだけど、短歌の勉強がしたい。なので本を読みました。それがこれです。
『和歌の黄昏 短歌の夜明け』(花鳥社 島内景二 2019)

 この本を図書館で見かけ、数ページ立ち読みしたら、短歌のスタートから明治時代までの流れがあるっぽかったので借りて読みました。読んだが、あれだった。ちょっと著者の主張が強い。たぶん、スタンダードな短歌史の感じじゃないなあ、これ、上級編だ、と思った。だけど、知りたいことはなんとなく……わかったような気がする……。

 そんなわけで、この本を読んで自分が何を知りたいか、何を知ったか、さらに知りたいことは何か、まとめてみた。

〇そもそも勉強したい動機

・私は「ちんちん短歌」という創作しているのだけど、その労力を金銭に代え、家賃にしたいが、そのいい感じの方法のヒントを歴史から知りたい。
・短歌の歴史的使命がもしあるのならば、「ちんちん短歌」はどういった形で寄与できるか知りたい。

 この二点を、短歌・詩歌の歴史を知って、よりよい方法や営業をかけたり、創作の方向性を考えたいという動機があります。

〇知りたいこと

短歌発祥から今日まで、短歌はどのように作られ、どのように広められ、どのように受容され、どのように金銭に代えることができたか知りたい。
・なんでこんな変な詩の形が現在まで生き残ったのか。この詩形の歴史的な使命や役割を知りたい。

 こうした動機と目的でこの本を読みました。で、次が結果です。

〇この本を読んで知ったこと。

1 日本の文化の基礎は、万葉集ではなくて「源氏文化」。

 この本の著者の主たる強い主張がこれだった。

「源氏文化」とは、平安時代に成立した源氏物語、伊勢物語、古今和歌集の3つに代表される「異文化融和システム」のことらしい。

 それは古今集の仮名序にある

力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。

古今和歌集・仮名序

 という言葉に表されているように、「物理的な方法ではなくて自然現象を超越し」「自分と敵対するかもしれない鬼神も「いいなあ」と思わせ」「男女も仲良くなり」「体育会系の人もいい感じにさせる」のが、「歌」。言葉であり詩の力。

 つまり源氏文化って、「平和」を希求するものだ、ということっぽい。

 この考え方、文化システムをもっていることが、日本文化の根底で、それ以前の「万葉集」は地下水脈の中で、幕末・明治期に発掘されるまで眠っていた感じだと著者はいう。

 この源氏文化システムがどうやってできたかというと、長い間神道やってきた日本に、「仏教」という外来かっこいい文化がやってきたとき、殺し殺され、信じる信じない、二者択一の中「なんとかいいところ全部、導入できないものかなあ」と何百年も頑張ってできたのが「神仏習合」の考え方で、その中で生まれたのが「言葉によって敵対する陣営同士、いい感じにする」という手法だったということだそうだ。

2 幕末の本居宣長の源氏解釈がヤバかった。

 次の主張が「本居宣長の源氏解釈があまりにも独創的で、「もののあわれ」という解釈のせいで、なんか平和システムじゃなくなっちゃった感じする」というもの。(この辺、読んでで僕にもののあわれ解釈の基礎がないのでよくわかんなかった)

 ただ本居宣長の解釈のせいで、平和システムとして機能するはずだった源氏文化が「日本人にしかわかんないよね的排他的文化かっこいいシステム」になってしまった。

 これは、幕末から維新にかけての、西洋文化の流入から、「強大な文化の潮流に、平和とか源氏とか言ってたらナメられる」という危機感の空気からそうなったっぽい。

3 明治期の詩人は万葉集っぽい「硬くて強くて日本ツエエ的言葉」を発見した。

 で、本居宣長の解釈からはじまり、明治維新がやってきたころ大量の西洋文化が流れ込んできたとき、その文化のかっこいい感じに日本の詩歌がどうにも弱く感じたみたい。

 それに対抗して、「日本古来のかっこいいものはないか」と考えた明治の詩人たち、万葉集を再発見する。その強くてごつくて、戦争のにおいのする書きっぷり、ルールに縛られない自由さ、素朴さが受け、当時の「外国人なんかいやだな」という空気を、万葉時代の言葉の雰囲気を借りて頑張ったりした、とのこと。

 本の中で引用されていたのは

・水鳥の鴨部の神の霊得て夷がどもを皆殺してよ

(林桜園)

 作者は幕末の思想家の人で、著書によれば、古事記の戦闘描写を参照にしてるんじゃないかとの話。
 力強く、古代の神様を味方につけて日本人以外皆殺しにしましょうよ、を歌うとき、上古時代の言葉がすごく似合うし、あの三島由紀夫も、この時代のこういう感じの文語かっこいい言葉を使っている。

 今の、右っぽい人たちが使うアジテーション言葉の源流も、万葉・古事記の時代の言葉だなという感じ。「すめらぎの……護国の……神風ぞ……ますらおが……太刀の鞘鳴り……散る桜よ……」みたいな感じは、平安の言葉ではなかったっぽい。

 源氏文化の、みやびっぽい言葉では、敵を殺せない。
 明治の時代の人たちは、西洋文化に飲み込まれないよう、頑張って血の気の多い言葉を選んでいた……ということかな。

4 ことばの「立体化」と「平面化」

 「源氏文化」の特徴として「本歌取り」という技がある。これは「先行作品の有名フレーズを持ち込むことで、元ネタを知ってたら情報量が増える」というやつで、これは「異文化統合」にも機能していたとのこと。仏教とか、漢籍とか、和歌の古典を知ってる人が、有名なワンフレーズを旨い事パズルみたいに組み立てて、「意味は通る」短歌を作ると。

 そうすると、「元ネタ」を知っていると、その単純な意味の通るただの情景描写から、元ネタのニュアンスが入ってきて、すごい楽しい、わかるー、知ってるー、そうかこれを引用したってことはこういう事言いたかったのね、と、ただの「31文字」が立体化する、という技らしい。

 この技を知っていれば、例えば自分に恋愛経験がなくても、「その文化の中の人」になり、作品大好きなマニアであれば、自分の経験していないことでもパズル的に歌を楽しむことができ、知らない考え方でも「わかるー」「たのしいー」「ふかいねえ」と味わえることができる……らしい。

 あ、でも……なんかわかる。

 だってわれわれ、戦争の悲惨さなんて実感したことないけど、ガンダム(初代)を知ってたら、ガンダムの二次創作を作ると「右舷の弾幕が薄いとなにやってんだろうって思うよなあ」「塩が切れるとやばいのよな」「苦しいときにちゃんと補給うけられるとホッとするよなあ」「悲しいけどこれ戦争なのよねえ」ということを、実感ないままわかることができるもんなあ。そういうことじゃないのかな。

 あと、今一時創作……オリジナルの漫画をつくるより、二次創作をしたほうが、人とコミュニケーションやつながりが強くできそう。コミティアよりコミケのほうが参加人数が多い感じというか。や、どちらが優れているとかではなくて、「二次創作(本歌取り)で創作していくと、世界は平和になっていくし、よく調教されたオタクは二次創作で解釈違いという地獄をあじわうけど、血反吐吐きながら、それでも平和であるという祈りのまま、創作文化が続いていく」という事は、なんか理解できる。

 それにオリジナル作品といっても、完璧なオリジナルなどない。部分部分に本歌取りがかならずあって、そのことが作品をより立体化していく――というのが、オタクの創作物にある感じとして、すごいわかる。

 が、ネットフリックス時代、そうした「オタク文脈」で作られたアニメ・漫画が、ディズニーやピクサーに勝てるのか? という不安が、幕末の志士の危機感としてあった……というところから、「や、オタクっぽい創作物、やめません? それよりオタク以前にあったかっこいい表現として、ジブリアニメとかあったじゃないですか。これで西洋共を皆殺しにしましょうよ!」

 ……みたいな感じだったのかなあ。明治時代。で、ジブリっぽい、「漫画アニメ絵っぽくない」短歌、「声優じゃなくて俳優やタレントが声あててリアル(写実)っぽくやる」短歌が、明治期に動き出した……みたいなことかなあ。

 こうした「一首に情報量を詰め込み、元ネタ知らないと入れないような短歌」ではなく、「情報量の薄さは、大量に短歌作ればいいし」「世界の一断面をリアルに写実的に、その瞬間切り取るほうがかっこいいし、多くの人にいいねがもらえる」のが「平面化した短歌」。
 で、著書は「平面化」という言葉に

『平板化』のような批判的なニュアンスは込めていない。人間の真実を、二次元の平面状で求める努力を、私は否定しない。」

 と、これはこれでアリだと認めている。

 でも、著者は塚本邦雄という歌人の歌を引用しつつ、現代でも「31文字」にすごい量の情報量を込めて、立体化するやり方やってる人いるんですよ、「一首一行1頁印刷」というとこから、その気迫を感じませんか? かっこよくないですか? と紹介している。

 へー、塚本邦雄って人がかっこいいんだなあと思い、皇帝ペンギンの歌以外よく知らなかったので、今後勉強してみようと思う。ちなみに塚本邦雄は著書の人の短歌の師匠だったらしい。

5 近代の歌人の人たちと源氏文化、万葉、古典、海外の詩とどう頑張ったのか。

 本の後半は、明治以降の主要な歌人の作が、実は源氏文化時代の短歌の本歌取りをたくさんしてるんです紹介をして、「やーやっぱ源氏文化最強でしょう」と、その論を強化している。

なるほどたくさん、引用してるっぽい。明治期の人たちがどうやって、自分の中の詩と戦っていこうかを、読まれた歌と、その元ネタを探ることで研究してる。

 なるほどなあ、著者みたいによく読む人は、こういった読み方をして味わうんだなあと思う一方、疑問なのは、この中で誰の短歌が一番ウケたり、お金を稼いだり、後世の歌人からたくさん参照されたりしたんだろうなという疑問が浮かぶ。

この本を読んでわからなかったこと

・短歌の「お客さん」がよくわからない

 本の後半で有名歌人が源氏文化にどう影響されていたかを紹介していたけど、それを受容するお客さん、読者ってどんな存在だったのか。その人たちはどう面白がったのか。それがわからなかった。

 歴史的に短歌を面白がる層って、どの階層にいたんだろうか。

 僕らのような、極度な貧困で、明日食べるうどんもないような層にも、あのかっこいい塚本邦雄の短歌って当時届いたのか。塚本作品を面白がれるのは、全員東大卒だったんじゃないのか?

 それとも短歌の「中の人」の中だけで完結してたんかなあ。それとも、平面化のおかげで「元ネタ知らない人でも一首だけから短歌を味わう」ことができて、庶民でも広まる可能性がある気もするけど、やっぱり普通、わからないと思う。

 お客さんって、訳が分からないものを、ものすごく避ける気がする。この感覚は現代だからだろうか。当時は訳が分からないものを、自分で解釈して楽しむ体力が、観客にあったんだろうか。

 そしてその短歌に、歌集という商品に、どういう価格で、どういう金銭感覚で観客はお金を払っていたんだろうか。短歌に金を払う感覚って、それこそ平安時代から江戸、明治、戦前戦後、現代でどう変遷していったのか。

 なんかそんなことを知りたいなあと思ったりしましたよ。

〇まとめ

 一冊の本を読んで、わかったこと、読んだとこめから妄想を膨らませてわかった気になったこと、そしてわからないことをたくさん書きました。

 最初から上級編の本を読んでしまった感じがして、たとえば「万葉集ってどういうものなのか」とか「そもそも短歌のスタートってなんなのか」とかはわかりにくかったです。

 明治に突然短歌が頑張りだす感じの流れは、なんとなくわかりました。
 が、やっぱり明治以降のスタンダードな歌論がわかんない。そもそも塚本邦雄って人を、この本でようやく意識する程度に教養がなかったのだから、もっと優しい、簡素な、小学三年生でもわかる本から学びなおしたいと思いました。

 ぼくはちんちんなので、ほとんど教養がないんです。上級すぎたので、もっと勉強しなおしてからまた読んでみたいです。

 先生、そんなかんじです。

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