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とある元メイド喫茶常連の忘備録<その26>

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

店内に入るとありとあらゆる箇所に所謂文化祭的な装飾が施されていた。
椅子は全て撤去されており、テーブルは店の中央に二つだけ置かれていた。
ぎんれいメイドが銀色の皿を二つ運んできた。よくパーティーで使われる楕円形の皿だ。

「当店自慢の茹であげパスタです。今お皿とお箸お持ちします。お飲み物はカウンターでお申し付け下さい」

この店のパスタは当時のメイド喫茶の中では屈指の味だった。
当時のメイド喫茶のパスタは出来合いのソースに冷凍の麺。
これが当たり前だった。しかしこの店は出来合いのソースは一切使っていない。ミートソースやナポリタンは店で一から仕込んだトマトソースを使い、
ペペロンチーノはニンニクを熱して仕込んだオリーブオイルで唐辛子を熱し、フライパンの中で茹で汁と麺を合わせて作る。「メイド喫茶でも喫茶の部分がしっかりしてないと駄目」というオーナーの並々ならぬこだわりらしい。

「ここのパスタが食べ放題なのは嬉しいですね」

「下手な店より上手いからなからな」

「フフフ。国領さん味解るの? フフフ」

「いいとこカプリチョーザなんじゃないの?」

「カプリチョーザはカプリチョーザで美味いんだよ」

ふと店の奥に視線を移したが、かなり客が集まっていた。

「奥何やってるんですかね。行きます? パスタも無くなってしまったし」

国領氏一行と共に人だかりへ向かった。さながら進撃の巨人のウォールマリア並の壁が形成されており、何も見通せなかった。

「諸星さん! 焼きそば食べますよね? 後ろの人通して貰って良いですか? 受け取った人は後ろに回って下さい」
雪子メイドの声が彼方から聞こえてきた途端、常連客で形成されたウォールマリアは崩れ去った。

そこには体操服に法被を着てホットプレートで焼きそばを焼いている雪子メイドがいた。もうツッコミ所しか無かった。

「じゃんじゃん食べて下さいね。あとあまり視線落とさないで下さい。私の目を見て下さい!」

「体張りすぎじゃない?」
浅田氏が声を掛ける。

「湯切りペヤング先生のツーピース本に釣られてしまって……」
湯切りペヤングとは、有名なボーイズラブ漫画家で地方の即売会で限定本をたまに頒布する。それがあまりにも部数が少なく、再版再録を絶対しないことで知られている。らしい。

「フフフ。ていうかそれじゃ体育祭じゃない? 趣旨間違ってるよね」

「わたしもそう言ったんですけどね!」

「せっちゃんそれサイズ合ってないよね? なんていうか、きつくない?」

「これ私が高校の時授業で着てた物なんで……」

「それじゃあサイズ合わないよね。新しいの買わなかったの? 店が買ってくれるでしょ」
国領氏の正しいツッコミが入る。

「店の人に頼んだって微妙にサイズ合わなかったりだったら意味ないんで。店にも買いに行きづらいだろうし」

「そうですよ……それに今更買ったらただの変態ですよ! はい三人分どうぞ!」
今時体操服など"そういうことにしか"使わないのである。
焼きそばを受け取ったらブースを後にした。

「びっくりしたな。しかしこの店は文化祭チックなイベントをやる時は何故かメイドの誰かに体操服を着せるんだよな」

「フフフ。昔からそうなの?」

「やばいじゃんそれ。体を張るにも限度があるでしょ。グラビアアイドじゃないんだからさ」

「勘違いしてるんじゃないですかね」

「いや、それはないよ。あたる君じゃあるまいし」
国領氏のツッコミが入る。

波乱のイベントは始まったばかりである。

<つづく>

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