AIと彷徨う愛の話ー真夏のFloridaの夜は淫夢ー

ほんとうの愛の意味なんてもの、これまでもこれからも分からずに生きていくんだろうなってこと、僕はちゃんと知っている。いや本当に僕だけじゃなく、みんなも「何もわかっちゃいない」んじゃないかって、そんな風に感じてしまう時が、僕にはどうしようもなくあるんだ。

取り留めもないその形を保ちたくて、僕たちはあらゆる儀式を施して日々をいきる。それはLINEのメッセージだったり、誕生日のケーキだったり、二人の子供を作ることだったりするんだろうね、、。

そんな愛に与えられた、時に不自然な形、その不気味さに、僕はまざまざと気づかされる出来事があったんだ。今日は君にそんな話をしたいと思う。

2013年のあの恐ろしい鳴動、それに続く一連の放射性の恐怖。それらがどれほど世紀末的に僕らを震え上がらせたか、いかなる指標でも計り知れないだろう。東北の沿岸部は大きく抉られ、何万人もが死に、放射炉は火を吹き、そして僕は海外へ逃げ出した。

そうして辿りついた先がAmerica、Detroit。当時、市そのものが経営破綻するというとんでもない状況を抱えていて、都市部はghost townだった。逃げた先も地獄だったんだ。ここでの生活は上手くいくハズもなく、僕は別の友人を頼ってFlorida州Orlandoへ下ることになる。今回の話はそこでおきた僕とAIという女性、そしてその家族を巡る話なんだ。

そもそもの彼女との出会いは、よくあるSNSから始まった。自身のアバターを仮想空間に遊ばせて交流するタイプで、ガンガンCMを張れるくらいには当時流行っていた。もちろん匿名のサービスなので、次々と新しい出会いが泡のように生まれて消えていく場所だった。

当時も今も、僕は彼女に対して、友達ということ以上の特別な感情を持ったことはなかった。さらに言えば、行き先がUSである必要もなかったし、国内をウロつく必要もあまりなかった。ただ観光VISAが切れるまでせいぜい時間稼ぎをして、CANADAに落ち延びるまでのモラトリアムな延長。まあ、逃避行なんで、せいぜいそんな考えだったんだよ。

それでもわざわざ南端のAmericaの尻尾のような場所までやってきたのには、これまでずうっと彼女に近しいものを感じてきたからだし、Detroitで巻き起こった宗教上のイザコザで、頭がおかしくなりかけてた僕には、AIが何の気なしに送ってきた、ヤシに囲まれたビーチと海の写真は天啓だった。そこにあったいつでも逃げておいでというメッセージに、まさに縋る想いだったんだ。

とにかくも空港でAIのお母さんの車に迎えられて、みんなとハグを交わしたときに、やっと一安心という気持ちになれた。常夏の気候と日差し。楽園にきたと思ったね。彼女の母親は、もう亡くなってしまったけれど、いかにもAmerican Big Mamaといった感じのひとで、Miamiの有名なライブハウスでブッカーを長年やっていたことを自慢にしていた。見た目も心も豪快なひとで、いろんな相談にも乗ってくれた。伝説級のロッカー達との写真やサインや音源なんかが、話を聞いているといくらでもでてくるんだ。

そんなロックお母さんの元で、AIと姉のFRYも、やっぱり音楽マニアとして育っていった。違ったのはこの2人は日本のビジュアル系バンドオタクになってしまった点だ。それはつまり、華奢でユニセックスな日本人が大好物になってしまったという事だ。ああいう吐きそうな連中と同じと思われるのは心外なんだけど、彼女たちにとっては、そんな事はお構いない。僕は飛んで火にいる華奢な日本人だったというわけさ。

はじめの頃は良かったんだ。なんだかいく先々でご馳走してくれるし、DisneyやNASAの宇宙基地に一緒に観光に行ったり、ただただ楽しくて。独立記念日を一緒に祝えたのも、良かった。夕暮れ時にみなで州立公園へ出かけ、野外の円形劇場でクラシックを楽しんでさ、演目は20世紀の映画音楽だったな。自身も楽団に所属していて、ヴァイオリンを弾くAIは、いろいろなことを詳しく解説してくれて。夜になると花火が上がりはじめ、帰りが混むというので、僕らは早めに抜け出したんだけど、その車窓からは、地平線いっぱいに、いくつもの小さな火花が煌めいているのが見えるんだ。その一つ一つが大きな街で、その全てが同じお祭り騒ぎに興じているんだと知って、Americaの大きさをほんとうに実感したよ。

だけど人生ってものは、別段イベントの連続じゃない。生活があるんだよね。そしてそれってだいたい爛れてるもので、それが如実に現れだした。まずAIの態度があまりにも馴れ馴れしいんだよね。ボディタッチとかいうレベルじゃないくらい、常にそばに来るんだよ。大した間も無く、なにかしらの感情的対象にされてるのがわかり始めて、戦慄したね。必ずしも白人女性の女子力が高いと思ってはいけない。むしろガタイは僕の1.5倍はあったし、なんならうっすら口ヒゲまで蓄えていたし、申し訳ないけど、とてもじゃないけど対戦相手として格上すぎた。

真夏のFloridaのうだるような湿気の中で、纏わりつかれる日々のもどかしさ、その暑苦しさ。コレをどう説明したらいいのか。かといって外に逃げる場所なんてない。街のデカさを舐めてもらっちゃ困るね。車じゃないと最寄りの食料品店にさえ行けない。一度自転車で外出したらあまりの日差しに気を失いかけた事もあった。生身の外出は生死を問う危険なレベルなんだよね。結局車で行くからみんな付いてきちゃうし。

とにかく悲しかったのが、自分自身だよね。情けないけどさ、僕が誰かをどう好んで、どんな意識が働いて、その上で美とは如何なるもので、だから運命的な愛の運動こそ性行為であったりはしない訳なんですよ、男性原理的には。対象を刺激すると勃起します。という生物学上の説明文をただ与えたいね、ここでは。とにかく、あの一ヶ月が今でもそういった類いの性夢か何かだったんではないかと錯覚するほどなんだ。

結論から言えば、僕はある意味、耐えきった。最後の一線は死守した。自発的に、といえたらどんなにいいか、多分それは、あくまで彼女のさじ加減だったんじゃないかなって、今では思ってる。実際は勃起しながら家中をウロウロ逃げ回ってただけで、ややもすれば、欲望の海に呑まれて獣になりきるかの寸前だった。なんか、そういう時期の犬ウロついてる家あるじゃん。それ。泣きたくなるよ、いまでもほんと笑。

そういう訳で、たまにFRYが僕を連れ出してくれるのが嬉しくてしょうがなかった! 彼女はゲイで自分は男だと思ってくれよってはじめから言ってて、口調とかもさ、漢らしくて頼り甲斐があるんだよ。妹よりは全然背が低いんだけど、もうちょっと横にデカくて、まあ小結昇進余裕くらい。車も自分のだし、あと一緒に飲めるのが良かった。AIが酒の場が大っ嫌いでさ、そういうとこには近づかないんだよ。だから唯一気兼ねなくうろつける友達っていうかさ。安全地帯と思ってたんだけどね。

そうして時々出掛けたり、飲みいったりするのにいっつも彼女を連れてくるんだよ。レズ同士カップルなんだよね。その子はSHERRYって言うんだけど、もう凄いダイナマイトバディなの。もう横綱張ってるかんじ。いやそんなSportyじゃないな、良かったらObeseで画像検索してくれたらわかると思う。それでさ、そんなある日のどっかの誰かんチでの宅飲みでのことだったんだけど、もうなんかHarley Quinnみたいな人しかいないのよ、そこ。

正直なハナシ、酔っ払った彼らがスラング全力で内輪ノリでバカ笑いしてるのを理解するほど英語力はそのときなかったんだよね。仕方ない、酒だけは抱えるほどあるから、僕はいつも自分のペースで飲んでいた。その日もいい加減まで酔っ払ってたんだ。そしたらFRYが改まった感じでこちらに向き直って、じゃあそろそろいつでもSHERRYと“二人きりになって”いいんだぜ? みたいなこと言ってくるんだよ。頭が混乱したよ、俺の彼女と寝ろよってまあそう言ってるのは、わかったから。彼女のほうはというと、なんか思い当たるAIがやる目配せみたいのをしてるんだよ。

謎の緊張感が場に満ちていた。みんな僕をみつめてるんだよ。僕はやりきれなくてもう一度FRYの顔を見ると、無理しなくていい、KAYはBBQ好きかって聞くんだよね。すっごいユックリ言ってたから完璧にわかった。「マリネみてえに注射器でソースを肉にブチ込むって手もあるぜ」って。それでそこにいるみんなドッカンドカン笑ってんの。もうこっちはマジで訳がわかんなくて泣きそうだった。

その場がお開きになって、あとで落ち着いて話ができるようになってから、彼女たちの真意がやっとわかった。要するにゲイカップルとして「子供ができない」彼女達は、僕の“精子が欲しかった”んだ。それとなく、僕に勧めてきたものの、遠回しすぎて、さらに予想外すぎて僕の方が全く理解に追いついてなかった。だからそのジョークはSEXが無理でも精液でも提供してくれないかーー。って事だったんだ。

お前がいつでもREADYなときにGOみたいな、なんか焦らなくていいぞ、みたいな雰囲気でその日は終わったんだけどね。どこもやっぱ地獄だったわ。そして僕もバカだったので、正直悩みに悩みまくった。横綱はヤレないとしても、提供だけでも? 実際バンクからの購入は何万ドルもするという。こんなにお世話になってタダ酒かっくらって何も返せなくていいだろうか、って逡巡しまくったね。あんなにSEXに対して真剣になった日々はなかったと思う。

結局、答えが出せず、徐々に半ば鬱状態になり始めた僕は、Big Manaに内緒で相談することにした。落ち着くから、といって僕にくれた錠剤は、後から聞いたら医療用大麻だった。そして彼女が諭すように僕にいった言葉が忘れられない。

「KAYどうしてNOって言わないんだい? どうしてバカなあいつらがそんな風に簡単に貰ったりあげたりするもんを愛せるなんて思うんだい? 愛のカケラもないあのバカ共が捨てた子供をお前は助けられるのかい?」

ぐうの音も出なかったね。

ときどきFRYがSHERYYに“お決まり“のプレゼントを渡しているのを何度か見たことがあるんだ。なんかの着せ替え人形のシリーズものなんだけど、ロリとかゴスとか姫とか色々あってさ、値段も80ドルくらいするし、全然安くないの。でも買おうが貰おうが、どっからきたっていいんだけどさ、あげるって行為だけで満足できる全ての事象はやっぱり愛じゃねえよ。それ以来、僕はプレゼントをあげるのも貰うのも苦手になってしまった。「形」だけはやるけれど。

数年後に彼女達が別れた事を、誰か伝手に聞いた時、僕の可愛そうな人形をあの無愛想な国に置き去りするようなことが、けっして起こらなかった事に深く感謝した。

だけど、振り返ってみて、今はそんな彼女たちをとても愛おしく思う。無駄にしか見えない繰り返しの日々から、なにかを必死に取り出そうとしていたという点で、僕だって一緒だったんだからさ。

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