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たった1つの食パンだけど

「優しさ」と聞いて一番に思い出すのは食パン。

なんの変哲もないただの食パン。

ただ、当時はシチュエーションが異常だった。いつかというと、東日本大震災から数日たった頃。

年子の小さい子供2人と行ったスーパーでのこと

当時、私は横浜市内に住んでいた。長男が1歳半で、長女が2か月。長女を抱っこ紐に入れて、長男の手をひいて、近くのスーパーへ行った。

正直、年子の小さい2人を連れて買い物に行くのはイヤだった。普段でも、1人の手をひくか、あるいはベビーカーを押しながら、カゴを持って買い物するのは至難の業だ。しかし、食べるものがなくなっては仕方がない。飢え死にするわけにはいかないし、夫は出勤しているのだ。

スーパーに着くと、開店前だというのに長蛇の列だった。寒い中、2人の子供をなだめながら列にならんだ。

やっと順番がまわってきて、ほっとしたのもつかの間。店内に入るやいなや、人々はカゴを持って走りだし、我先にとカゴに食料品を入れ始めた。私も焦って、まずはパンを買おうと思い、パンの棚にいくと、既に人だかりができていて一瞬ひるんだ。

あの集団の中に入ったら、子供達が怪我をしてしまうかも。1歳半の長男はつぶされたり、押されたりしてしまうかもしれない。

しかし、食料品の確保も大切だ。この先、どうなるかわからない。そこで思い切って棚にいって、食パンに手を伸ばした。すると、一瞬の差で、最後の1つを隣の人がつかんでしまった。

「あぁ、買えなかった…」

その時、どんな顔をしていたのだろう。ショックで青白くなっていたかもしれない。

「あの…、これどうぞ。」

突然話しかけられて、顔を上げると、さっき最後の食パンをつかんだ人が、私にその食パンを渡してくれようとしていた。改めて顔をみると、おばあさんだった。

おばあさんは長男と長女をちらっとみて、ちょっと悲しそうな顔で、

「これ…、どうぞ。大変ね。」

それだけ言うと、他の棚へ足早に去っていった。

たった1つの食パンだけど

あれから10年近くがたち、長男は11歳、長女は9歳になった。さらに今では6歳の次男もいる。

その間にもいろいろあったが、あの時の食パンほど、人の優しさを感じたことはない。

この先、どんなに豪華な食事をごちそうしてもらっても、あの食パンにはかなわないだろうと思う。

あの時のおばあさんがくれた優しさを、私も子供達に伝えたい。言葉だけではなくて、一体どうしたら伝わるだろうかと日々考えている。



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