◇0 こんな夜更けに。
いつもの場所、が出来るといいなと思っていた。
会社で働いて、家でリラックスして、たまの休みに友達と遊んで。
それもいいし、それで十分幸せだけど、そうじゃなくてありのままの自分でいられるどこか別の場所がもう一つあればいい。
いつも通りの帰り道。
23時過ぎの電車の中にいる人はみんなどこか疲れた顔をしてる、とおそらく同じ顔をしたわたしが思う。立っているのがやっと…というほど混んでいる訳ではないけど、始発駅でほとんどの席が埋まってしまうので、角をキープして立ちながら本を開くのがわたしのお決まりだ。
今日、読んでいたのは『東京すみっこごはん』(成田名璃子・光文社)
この小説は商店街のすみっこにある“共同台所”が舞台の物語。年齢も職業もばらばらの人たちが夜な夜なお店に集まってご飯を作るだなんて、ちょっと大丈夫かな?と思いながら読んでいったけど、登場人物たちが抱える事情がなかなか複雑でつい惹きこまれてしまった。章ごとにあったかい気持ちにさせてくれるから疲れた夜にはぴったりだ。
こんなお店が近くにあればいいのに。
そういえばこのあいだ友達に勧められて読んだ『甘々と稲妻』も親子が仲良くなったお店に通って一緒に料理をしてたっけ。
--なんだかまっすぐ帰りたくないな。
私の最寄駅は商店街もないくらいに小さな駅だから、普段は降りてそのまま直帰するのが当たり前になっていた。ぱらぱらと飲み屋はあっても、知らないおじさんと隣り合わせて飲むくらいなら1人で好きなものを作って飲んだ方がまし。
だけど、今日は静かな家じゃなくてお店で少しだけ飲みたい気分だ。仕事で何かあったわけではない。そうではないからこそ慣れきったいつもの毎日がちょっとだけ違えばいい。そんな風に思うのはわがままなんだろうか。
気がつけば最寄駅の手前まで来ていて、降りてみることにした。
いつでも来られるし、と思っていたままなんとなく立ち寄ったことのない駅は小ぶりながらも商店街が続いていて、日付が変わろうとしているこの時間でもぽつりぽつりと明かりが灯ったお店が見える。
その中でもひときわ小さくて新しそうなお店が目に入った。
「小料理屋 夜更けの庭で」
さっぱりとした手書きで書かれた店名に、どこか懐かしさを感じて心惹かれる。
覗いてみるとわたしと同じ年齢くらいの女性がひとり。他にお客はいないみたいだ。まあ失敗しても、すぐ出てくればいいか。
「すみません、ひとりなんですけど。」
▼もうひとつのおはなしはこちらから
「◆0 そんなもん」
もっともっと新しい世界を知るために本を買いたいなあと思ってます。