江の島チャリ旅4
夕陽が湘南の海を鮮やかなオレンジ色に染め始める頃、我々は江の島に辿り着いた。夏、コウタローと泳いだ片瀬東浜は閑散としていた。あの時は、浜辺は灼熱の太陽の下を見渡す限り人、人、人だった。僕は海パンを持っていなかったから、駅近くのお店で買ったのだった。店番をしていたいかにも夏の海にいそうな身なりをした若い兄ちゃんは、
「えっ、海に来て海パン忘れる?マジで言ってんの?」
といった態度だった。何度も繰り返すが、僕は海に入る目的で決してここに来ていない。(結局は海に入ったのだが...) この2回目の時も3回目の時も。
とにかく、今回は泳ぐことができないので海を眺めて楽しむしかない。僕たちは、マクドナルド江の島店でハンバーガーセットをテイクアウトし、江の島海岸(片瀬西浜)の石段に腰を下ろした。ここから眺める江の島とその奥に広がる相模湾の景色は本当に絵になる。近寄るのも良し、遠ざかって眺めるのも良し。コウタローとノムさんは石段に座ったまま、ハンバーガーを食べ始める。僕も食べながら砂浜の方へ少し歩いた。その時だった。突然、後方からノムさんが大きな声を上げた。
「うわぁ!」
「えっ、どうした!?」
「ハンバーガー持ってかれた!」
トンビは、ノムさんが食べていたハンバーガーを一瞬で奪い去った。悲しいかな、僕でもなくコウタローでもなかった。僕たちは、海に夢中で上空には無警戒だった。ノムさんは、この江の島でトンビから洗礼を受けたのだ。
ノムさんは自分の意思でここにやって来たわけでは決してない。むしろ、僕とコウタローによって”連れてこられた”。結局、この出来事が僕たちの江の島滞在時間をさらに短くさせた。
江の島を発った時、もう日が暮れかかっていた。帰路、コウタローが持ってきたラジカセから心地良い音楽が流れることは一切なかった。それよりも、コウタローは時間を気にし始めていた。まだ藤沢市から大和市へ入った辺りだったと思うが、例の「公衆電話探し」を始める。
あんた今どこにいんの?と親が心配する。彼は状況を伝えて安心させなければならない。外はもう真っ暗だったが、川沿いにあった小さな売店の横に公衆電話があった。少し離れた場所で、僕とノムさんは待つ。
「江の島から帰ってるとこだよ」
「嘘をつくんじゃない!」
「本当だって!今帰ってるとこだよ!」
ノムさんにとって、薄暗い光に照らされたコウタローの姿と会話が滑稽に見えたらしい。それが僕にも伝染し、そして声を上げて僕たちは笑ってしまったのだ。
「お前らが騒いでるの聞かれて、親に怒られたじゃねーかよっ!」
電話の後、コウタローは怒っていた。さすがに僕たちもこれには閉口して、すぐ謝った。僕たちは当時同じ野球チームに入っていたから、コウタローの母親の顔も知っているし何度も会っている。コウタローとは明るくて、これ以降もよく家に遊びに行ったが優しいお母さんだ。ただ、女一人でコウタローと妹を育てていた。親の目線から考えれば、子供を心配するのは当然だ。まして、ヤンチャ盛りの時期である。
コウタローは、無言のまま先頭を再び走り始めた。かつてないスピードで。僕たちもそれに続いて走る。以降、暗闇の中を風を切る音だけが聞こえていた。僕たちはチャリを猛スピードでひたすら走らせる。
不意に、その状況の中で隣を走っていたノムさんが言葉を発した。
「誰だよ、江の島に行こうとか行った奴...」
〈江の島チャリ旅 番外編に続く〉
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