【怪談】一寸の虫【実話系】

虫というものは、数は多いけれども1匹1匹はとても弱い存在です。
毒も、驚異的な察知能力も低い虫ならば余計にです。
ただ、一寸の虫にも五分の魂という言葉があります。
小さくとも生き物。
そのことを努々忘れないようにしなくてはいけません。
これはそんなお話。

さて、あるところに一人の少年がおりました。
彼のことは仮に「丁」としておきましょう。
丁はよく言えば元気な、悪く言えばやんちゃな子供でした。
そんな彼の趣味は「生き物」でした。
趣味が生き物とは、また妙な言い方ですが、まさにそうとしか言いようがないのです。
虫、トカゲ、カエルなどの採集はもちろんのこと、その飼育、多様な種類を調べること、成り立ち、体の作り、そしてその生命の脆さまで。
生き物の様々なことに興味をもっていました。
そこに慈愛はなく、本当に単純な興味が原動力だったようです。
彼は気になったのならば、捕まえた生き物を解体させたり、共食いさせたり、他にも火で炙る、水に沈める、電気を通すなど、様々な実験を行いました。
まあ、これが「興味」から「知的好奇心」に変わればよかったのですが、丁はそうはならなかった。
生来のやんちゃさが強かった。
まあ、ようするに、彼にとって生き物は趣味であり、おもちゃだったのです。
それはすでに異常と呼んでよかったでしょう。

とある年のことでした。
夏休みが終わり、皆が久しぶりに顔を合わせ談笑しているときのことでした。
丁が教室に入ってきた瞬間、教室にいた者たちは皆ぎょっとしました。
丁の腕や顔に包帯が巻かれていたのです。
丁は声も小さくうつむきがちで、かつての元気な姿は見る影もありませんでした。
また、丁からは、とても生臭い匂いがしてきました。
生き物や水が腐敗する、あの何とも言えない生臭さです。
丁は普段からやんちゃだった上に、前述のおぞましい趣味がある子供ですので、そんな異常な状態になれば積極的に話しかけにいくものなどおりません。
まさに腫れ物にふれるように……いえ、触れないように、皆は丁を無視しました。
そこに入ってきたのがそのクラスの担任です。
教室に漂う匂いの元が丁からであることや、丁の状態をみて、少し肝を冷やしました。
ですが、その担任はそこでは何も触れず、ひとまず始業式の日程を粛々とこなしました。
その日の放課後、担任はすぐに丁の自宅に電話をしました。
そして丁の母親から事情を聞き、担任は心底ぞっとしたと言います。

担任曰く、このような話でした。
夏休み、丁は毎日のように外に出かけては生き物を捕まえ、飼育し、実験していました。
それを見かねて以前から事あるごとに注意していた母親でしたが、そのたびに丁は怒る暴れるの大騒ぎ。
そのため、ほとほと疲れ切っていた母親含む家人はもう何も言うまいと決めていたといいます。
ーー閑話休題
ある日、朝になっても丁が起きてこないので様子を見に行くと、そこには異常な光景が広がっていました。
丁はベッドの隅に座っていました。
そして、自身の腕や足、首、顔、至る所をひっかき、向けた皮の部分に指を抉りこませ、何かをほじり出そうとしていたといいます。
母親は急いで父親を呼んで、丁を羽交い締めにして止めました。
止められた丁は猛然と暴れだし
「虫!!虫!!!虫!!いる!!体の中に虫がいる!!いたい!!かゆい!!ださなきゃ!!ださなきゃ!!!!!離せ!!!!はなせえええ!!!」
と叫んでいたそうです。
また、その時、丁の口からはゴキブリや蜂などの虫の死骸がこぼれ落ち、その目はあらぬ方向を見ていたといいます。
なんとか縛り付け、急いで病院につれて行き、診断と治療をうけた丁ですが、外傷以外は特に異常なし、とのことでした。
もちろん脳の診断なども行なわれましたが、脳にも何も異常がなかったそうです。
その後、精神安定剤などの服用でなんとか日常生活は送れるようになったため、登校させたとのことでした。
ただ、薬が切れればまた暴れだし始めるため、入院も検討している、とのことでした。

担任は一連の話を聞き、「取り憑かれたのでは」という言葉が出そうになりましたが、ぐっと飲み込んだとのことでした。
その後、丁は10月ごろから登校しなくなり、いつの間にか転校ということにあいなりました。

彼が、本当に病だったのか、それとも何かに取り憑かれたのか、それはわかりません。
ただ、こういう言葉がございます。
『因果応報』
子供と言えど、むやみな殺生には必ず報いが来るのでしょう。

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