同じマンションのご老人と出逢い、ほんの50分で見えた高齢社会。

金曜日の朝8時10分、私はいつも通り家を出てマンションの階段を降りた。
下の階を通る時、階段の踊り場に座り込んだおばあちゃんが私に目の前の家のドアを指差しながら「ねぇねぇ、お姉さん、外に出たいの、助けて」と声をかけた。

この時点で軽くパニックになった私・・・

なんで一人で歩けないようなおばあちゃんが踊り場に座り込んでいるの?
外に出たい?ここはもう外だよ?
助けてってもしかして虐待?
これって徘徊なの?
そもそもここのお家の人?

いろんな不安と疑問でいっぱいに

とりあえずもし徘徊だとしても、虐待だとしても、このままにしておくのは危険だと思いおばあちゃんの話を聞いた。

まずはこのおばあちゃんの指差す家はおばあちゃんの家なのか
「おばあちゃん、ここおばあちゃんのお家?」
「うん。ここから出たい。」
上手く鍵をあけれらなかったのか、半開きになったドアと玄関に見える車椅子を見てここの家のばああちゃんに違いないと確信。
家に誰かいないか確認したが家には誰もいない。
「お外に出たいのはどこかに行くの?」
「〇〇(電車で3駅ほど離れた駅名)に行く」
一人で歩けないおばあちゃんが車椅子で一人でその駅まで行くのか?
なんとか車椅子におばあちゃんを座らせ、もう少し話を聞くことに。
もし病院や施設に用事があるならその場所に連絡をすれば本当に予約や行く予定があるのかわかるかもしれない
「おばあちゃんそこはどんなところ?」
「病院」
「おばあちゃん診察券持ってる?」
「うーんどっかに無くしてしまったの」
「お姉さん、そこのカバンを持たせてくれない?」
そのカバンを持たせるとなにやらごそごそと中を漁っていて、その中に携帯電話が入っていたので、連絡帳を確認しながらご家族について話を聞きつつ娘さんに電話を。病院や施設の連絡先は入っていなかった。
でも仕事中らしく連絡がつかない。
「娘は仕事中だから出ないよ。もう電話終わった?早く行かないといけないの」
おばあちゃんは酷く焦っていて、とにかく私にマンションの入り口まで連れて行って欲しいと少し怒り気味にお願いする。
もしかしたらマンション下に誰かが迎えに来るのかもしれない。
私の住むマンションは作られてからかなり経っていて、当初からの住居者がご老人になっているので毎日多くの施設やヘルパーのワゴン車が迎えに来る。もしかしたらその一つにおばあちゃんは乗るのかもしれない。
一旦おばあちゃんを連れてマンション下に降りることに。

この時車椅子を押し、家を出てマンションの下まで下ろすだけでいくつもこれまで知ることがなかった気づきがあった
・玄関が狭すぎる。
 車椅子は半分程度に折りたためるものだったが、広げて人を乗せれば玄関はそれで埋まってしまう、靴すら置けない、前後以外動かすこともできない。玄関のドアを開けておばあちゃんの乗った車椅子を廊下に出すだけで汗だくになった。
・廊下が狭すぎる。
 ようやく車椅子を廊下に出すことに成功。
でも廊下でも車椅子を回転させるほどの幅がない、進行方向に向けて廊下に出さなければそのまま動けなくなるほどの幅。
・鍵は隠していても気づいている
 
家を出る時は鍵をかけて出るのは普通。おばあちゃんに鍵は?と聞くと
「私は持ってないけどここにある」と玄関の靴箱を指差した。
開けてもそれらしきものはなく、「おばあちゃんここにないみたいだよ?」と言うと「違う、その奥にある」と靴箱の奥を指示する。
よく見ると奥に袋のようなものがあり、そこに鍵が入ってた。
きっと一緒に住む娘さんが勝手におばあちゃんが使わないように隠していたんだろう。でも、おばあちゃんはいつも使っていなくても全部わかってた。
・エレベーターが狭すぎる。
 車椅子を押したままドアを押さえて車椅子を中に入れる。ドアは自動的にしまってしまうし、ドアに足をかけていても車椅子を入れている最中に幅が足りずドアが閉じかける。なんとか車椅子と一緒にエレベーターに乗ることに成功。でもそこそこ広いと思っていたエレベーターは私と車椅子で占領。
一階に到着しても車椅子ごと外に出るのは一苦労。
・段差を越えることが一大事。
 
おばあちゃんの車椅子を押している時に段差がちらほらあった。
ほんのちょっとの段差も車椅子では上がれない、前の車輪を持ち上げて乗せてあげないといけない。人間の乗った車椅子は前車輪をあげるだけでもかなりの重量があった。

なんとかマンションの下までたどり着くと
おばあちゃんは「もうすぐ娘の車が迎えに来てるはずなの」と。
あれ?さっき娘さんはお仕事で、自分で病院に行くって行ってなかったか?
「おばあちゃん、娘さんがお迎えに来るの?」
「そう、白い車でくる」
ちょうどその時黒い車がマンションの前に止まり、おばあちゃんは「あの車に乗る」と。
黒い車だったので違うとは思いながらも、施設の職員が降りて来たので、私は声をかけようとすると向こうから「私の施設の人ではないです」と・・・。事情を話して、おばあちゃんの施設についてでも知らないか聞いても「他にもこの時間帯に車が来るのでそれじゃないですかね?」。なんか雑。同じ時間帯にくる施設の人の顔ぐらい覚えてないのかよ・・・ってちょっとムカついた。
それからしばらくおばあちゃんといろんな話をしながら待った。
おばあちゃんは昔国語の先生で、お父さんは校長先生をやっていたと言う話とか、すごく幸せそうに笑顔でたくさん話してくれた。
しばらく待っても一向に娘さんも施設の車もこなかった。
娘さんからの折り返し電話もなかったのでもう一度携帯電話を借りて他に連絡が取れる人がいないか探し、お孫さんに電話をかけた。
繋がったので事情を話すが、一緒に暮らしていないこともあり、
ヘルパーさんが来る日時や通う病院などの情報は何一つわからず・・・。
母には私からも連絡しておきますと言ってくださったので、娘さんからの電話を待ち、一旦おばあちゃんの家に戻ることに。

家に戻ってから少し経って娘さんから連絡があった。
私が電話に出て事情を話すとすごく申し訳なさそうに謝りながら9時にヘルパーさんが家まで迎えに来る日だと伝えた。

どうやらおばあちゃんは
8時と9時を勘違いし、ヘルパーさんがこないことに焦り、自分で外に出ようとして廊下に座り込んでしまっていた。
ということだった

事情をおばあちゃんに話をして、娘さんの電話を代わった。
でも、なぜかおばあちゃんは私の話は信用しても娘さんの話を全然受け入れてなかった。恐怖だった。他人の話は簡単に信用するのに家族の話を信じない。これまでオレオレ詐欺とか、そんなの騙される訳ないのに・・・とかウマイ話に騙されたりする老人なんかいるのか?って思ってたのに、こんなにも簡単に他人を信用してしまうことに、信頼してもらえた嬉しさより恐怖の方が大きかった。
しかもその後、電話を返され、私が出た娘さんとの会話で罪悪感でいっぱいになった。

「すみません。私の言うことなんて全然聞かなくて・・・。私なんかよりよっぽど信用されているみたいで・・・。ご迷惑をかけてすみませんね(苦笑い)」
いや、絶対に悪気があってそんなことを言った訳ではないのはわかってる。でも、その言葉に家族なのに聞いてくれない辛さとか悲しさとか妬みみたいな感情がたくさん含まれていて、辛すぎた。

その後、迎えに来るヘルパーさんの到着を待った。

数分後ヘルパーさんが家まで迎えに来て、無事おばあちゃんを送り届け、私はおばあちゃんの家を出て会社に向かった。
ここまでたった50分。

振り返ると大変なことをしたな・・・と思ったけど
何よりおばあちゃんがあのまま1時間も階段に座り込むことにならなくてよかったと言う安堵があった。
でも人助けをして心がスッキリなんてことは1ミリも思えなくて、
通勤電車でも介護のことや施設のこと、高齢化社会の問題を知らぬ間にネットで探していた。
それほど初めて直面した出来事で、衝撃的だった。

こうやって書いている今も
高齢者と若者を繋げる機会を作れないのかとか
介護をみんなで助け合えるシステムは作れないか
とか色々考えるぐらいに。

でもたった50分で毎日介護をしている人の気持ちなんてわかるわけがなくて、それこそもしこの文章を実際に介護をしている人が見たら怒りを覚える人だっていると思う。

それぐらい難しい問題だと思う。

まずはマンション内の規模でも困っているご老人を見かけたら声をかけるところから始めようかな。

もちろん勝手に家に入ったこと、
携帯を使ったこと、
何も知らずに一旦外に連れ出したことは謝罪しました


最後に"やってよかったこと""ご老人と接しわかったこと""取り巻く環境で困難に感じたことや心がけたいこと"まとめ。

やってよかったこと
・そもそも無視しなくてよかった
→今回は声を掛けられたことが始まりだったが、きっと私からも声を掛けていたはず。無視していたらずっとおばあちゃんのその後が気になって仕事になんてならなかったはず。心配に思うなら、最後まできちんと対応をしたいと思った。
・会話の中で家族構成を聞き、持っていた携帯電話を確認する
→携帯電話を持っていて、一緒に生活する人間に連絡が取れたことが今回無事に解決できた重要ポイントだった。

【ご老人と接しわかったこと】
・生活の中で何かを隠していても気が付いている
→今回は家の鍵でしたが、普段使わないものや行動も全て把握している。
・他人の言葉をすぐに信じてしまう
→親族よりも他人の言葉が新鮮なのかもしれないが、他人の言葉の方が信じ安い。
・考えがしっかりしていても予期せぬ行動をする
→おばあちゃんはとてもしっかりした女性だったからこそ、時間を勘違いし、焦り、今回の行動になったのだと思う。しっかりしているから安全ではないと感じた。

【取り巻く環境で困難に感じたことや心がけたいこと】
・車椅子を使用するにはあまりにも困難の多い環境。
→今回は作りも古いマンションだったため、先ほども記述したように玄関や廊下、エレベーターなどが狭く、段差もあったりとかなり困難が多かった。
・もし近くにご老人がいる環境なら顔と名前ぐらいは覚えておきたい
→ここはプライバシーにも関わるから難しいけど、同じマンションにご老人がいればいつも付き添いの人がいるのかとか、誰かと住んでいるのかとか、すれ違った時にちょっと気をつけて見たいと思った。

以上です。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

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