『帰り道で、待ち合わせ』ワンライ小説
いつも帰る方向と逆へ、ふたすじ行ったところ、電柱の裏。どこにも背中をつけずに、不自然ではないかを気にしつつ、姿勢をなるべく真直ぐに正す。
2組を通りかかった時、まだ終わりそうにない雰囲気だった。お手洗いに寄って髪を整えた方が良かっただろうか。今日に限って手鏡を家に忘れてしまったので、スマホの画面を暗くして鏡代わりにする。インカメで自分の顔を写すと、自撮りをしていると思われそうだという自意識。赤い紐は首元で綺麗に蝶々結びされていたのに、手持ち無沙汰で解いてしまう。いけない、と結び直そうとしたところで、声をかけられる。
「……待った?」
肩がビクつき、そのことが恥ずかしく顔が赤くなる。待ってない、ちょっと待って、と紐をぐにぐにと結びあわせようとするか上手くできない。
「貸して」
彼に手を包むようにされ、力が抜けたところで紐を私の手から奪われる。ほんの小さなものを摘む、大きく、それ自体が独立した個体のような存在感を放つ手に、その手が私の直ぐ近くにあるという事実に圧倒され、ぐ、と首を上に逸らすと、彼の顔が間近にあり、伏せられた目、目が合うことは免れたけれど、幾つもの直線で眼球を守る、そう、彼の長い睫毛に今度は圧倒されることになる。
「はい、できたよ」
彼がそう言って手を離したら、やっと酸素が肺に巡って、自分が息を止めていたことに気づく。見ると美しい蝶々が、ゆら、ゆら、と一定の速度で揺れていて、自分の鼓動が目視できるほど高まっていること、彼にもバレただろうか。見上げると、今度は目が合い、何も気にしていない様子で彼はにこりと笑った。
「行こうか」
「はい」
なぜか敬語になってしまった。横に並んで歩くと、彼の制服姿をよく見ることができない、横にいるというのは、近いようで遠い、とよくわからないことを考えた。彼の視線に気づいたのはその後すぐ。私が遠いと思ったこの距離をもろともせず、しっかり私を視界に収めているようだった。
「なに、見てるの」
「だって、今日が終わったらもう、制服姿を見られるのは卒業式だけだよ。だから、美香、今日一緒に帰ろうって言ったんでしょう。わざわざ同級生が来ないところで待ち合わせして」
名前の呼び捨てにまだ慣れないから、とりあえずそこで言葉に詰まり、それから気持ちが見透かされていたことに焦り、それから間に耐えられず私は、思いつくままに声を出す。
「えー、そうだけど、だからって、そう見られると恥ずかしいし、ずるいし」
「ずるいって何が?」
彼が体を寄せてくる。そういうところがずるいのだ、とも言えず、早歩きをして逃げようと、前方へ進む。すると彼は大股で一歩だけ追いかけて、私の右手を優しく掬った。
「美香も見ていいんだよ、ほら」
「やめて、わかってるくせに!」
抗議をするように彼を睨む。それでやっと彼を正面から捉えた。繋がれたままの手を振り解かない、私の魂胆は見え透いていただろう。彼の色白の肌に、漆黒の学ランが良く映えていて、その美しさに目眩がする。もう、明日で見られなくなる。学ランの第二ボタンに、彼の肌の色をポン、と誤って筆でのせてしまったかのような白を見つける。よく見ると桜の花びらだった。
「どこから来たんだろう」
左手で花びらを摘みとる。第二ボタンに軽く触れながら。見回しても、それらしき桜の木は見つからなかった。そもそも桜は咲き始めたばかりで、散るには早過ぎるように思える。
「探してみる?」
彼は何事も簡単そうに言う人だった。
「え、これから?」
「まだ帰りたくないんでしょ」
「……うん」
卒業式前、最初で最後の制服デート。内容は桜探しに決定。素晴らしく子どもらしい内容だと、満足してしまう高校三年生。まだ大人ではない私と、もう大人みたいな彼だった。
このお話は3月に行われたTwitter企画 # 春の創作ワンライ に寄稿したものです。お題は「待ち合わせ」でした。
これはこれとして完結のつもりで書きましたが、少しファンタジーな続きもあります。近日載せます。
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