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あめのゆめ

※昔、絵本を手作りした際の、本文のテキストです。絵の部分はまた今度にでも載せようかなと。太字()になっている部分はルビにしていた部分です。

あるところに、お腹が空いている男の子がいました。
お母さんと お父さんはずっと前に、遠い遠い場所へ行ってしまい、男の子を置き去りにしてしまったのです。
 
男の子はいつもじっとして過ごしていました。お母さんとお父さんが迎えに来るのを信じて、待っていたからです。けれども、ずっと待っているうちに、お腹が空くことも忘れてしまうようになっていました。
 
ある日のこと、いつも通りにじっとすごしていると、町がにぎやかなことに気がつきました。そしてなにやら、甘いにおいがただよってきます。
 
「甘くて おいしそうなにおいがするなあ。ちょっとだけ、町を見てこようかな」
 
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ぼくは甘いにおいのする方へと、行ってみることにしました。ふらりと立ち上がると、もうずっとごはんを食べてないことに気がつきました。もしかしたら、お母さんとお父さんが帰ってくるかもしれないので、あまり遅くならないように気をつけてお出かけすることにしました。
 
なんと街の中はおかしでいっぱいで、なにやらお祭りさわぎでした。そして、おばけのような格好をした子どもたちが、はしゃぎまわっています。
 
そして、気がつきました。
 
「おかしをくれなきゃ、イタズラするぞ(トリック・オア・トリート)!」
 
と言うことで、おかしをもらえるということに。
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「おかしをくれなきゃ、おばさんのメガネをかくしちゃうよ?(トリック・オア・トリート)」
 
「まぁ なんてこわいのでしょう。手づくりのヌガーなのだけれど、これでゆるしてもらえるかしら?」
ふくよかなおばさんは、目を細めて舞台女優のように言いました。そして、手さげから何かを取りだしてぼくにわたしました。
 
ぼくはもらってすぐにかぶりつきました。もらったそれは、とろけそうなほどに甘くて、おどり出したいほどおいしいのでした。最後におかしを食べてから、ずっと食べていなかったことに気がつきました。ぼくは、もっとおかしが食べたいと思い、もっと声をかけてみることにしました。
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何人かに声をかけて、棒付き飴や干したぶどうの入ったケーキなど、色んなものをもらいました。すると目のまえに、おかしを両手に持って幸福そうな女の子がいました。その子のかごにはおかしがこんもりとしていました。ぼくの目にはそのたくさんのおかしが、とてもおいしそうにに写りました。
 
「おかしをくれなきゃ、きみのお父さんを遠くへ連れてっちゃうよ?(トリック・オア・トリート)」
 
「いやだ!お父さんもおかしもあげないよ!」
 
「なんでよ?おかしをちょうだい」
 
「いやよ!いやよ!いやよ!」
 
女の子は泣きだしてしまいました。ぼくはばつがわるくなって、急いで立ち去りました。
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静かな路地にたどりつき、もらったり拾ったりした、いくらかのおかしを食べることにしました。そして、食べながらさっきのことをずっと思い浮かべていることに気がつきました。怖がらせすぎてしまったのかなと、少し反省しました。
 
最後のひとつを食べると少し満足して、なんだか眠たくなってきました。なんだか、まるでぼくがぼくでなくなっていくような感じがして、そのままとろけてしまいそうでした。うとうとしていると、目のまえがきらきらとしだして、目が覚めました。
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「ごきげんよう。おかしはたくさんもらえたかな?」
 
きらきらとしていたのは、この人の身体でした。手や足、体そのものが飴細工のようで、きらきらとしていたのです。
 
「落っこちていた飴もたくさん拾ったし、おかしをもらったりもしたよ」
ぼくは、さっきまで食べていたおかしを思い返して、1つ2つ3つ...と数えました。
 
「そうだなぁ、7つくらい食べたよ」
 
「それは結構。けれども、君はまだ食べ足りないんじゃないかな?」
 
「...うーん。分からないや。でも、今はお腹がいっぱいな気がする」
 
「そのうち分かるはずさ。
じゃあ、この飴を君にあげる。これを食べたら、困った時に君のためになるよ」
そう言うと、きらきらした人の手の中に青白くて、細長い飴が現れました。ハンカチに包んで、ぼくにそれを渡しました。
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ぼくはその後、もう少しおかしをもらってから家に帰りました。
 
もらったおかしを少しずつ食べながら、お母さんとお父さんを待ち続けました。 少しのこしておいて、お母さんとお父さんにも分けてあげようと思いました。だから、きらきらした人にもらったきれいな飴は取っておきました。
 
待ちながらぼくは考え続けました。
ぼくがお出かけしていた間に、お母さんとお父さんが来ていたのかもしれない、と。だから、ぼくが出かけていた間にすれちがってしまったのかもしれないと考えました。そう考えるのが止まらなくなって、とても悲しくなってしまい、お出かけなんかするんじゃなかったなと思いました。
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最後の1枚のチョコレートを食べていると、もっとおかしを食べたいなとちょっとだけ考えました。ふくよかなおばさんにもらったヌガーは、あまりにも甘ったるかったけれど、それでいて香ばしいナッツの後味がたまりませんでした。ぼくが怖がらせてしまった女の子は、とてもおいしそうなチョコレートケーキをほお張っていたのを思い出しました。考えれば、考えるほどもっとおかしが食べたくなりました。
 
今までじっと待つことが苦じゃなかったのが、嘘みたいなほどに辛くなりました。けれども、お母さんとお父さんがお迎えに来るかもしれないので、じっとする他ありません。そして、お母さんがぼくに最後に言った言葉を思い出しました。
 
「ここでいい子に、じっとしていらっしゃい。お父さんが来てくれるから」
 
お母さんはそう言って、どこかへ行ってしまいました。お母さんとお父さんは仲が悪かったので、ずっと昔から分かれて暮らしていました。ぼくはお母さんと暮らしていたけれども、今度からお父さんの家に住むということをお母さんから聞かされたのでした。
 
結構、お父さんは来なくて、お母さんとはそれっきりでしたが、ここでじっとしているという約束だったので、そうしなきゃいけないと思いました。
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ずっと、ずっと、甘いものが食べたくて仕方がなかったけれど、がまんしていました。
甘いものが食べたくて仕方がなくなり、ぼくはお母さんやお父さんに分けてあげようと思っていた、最後の飴を取りだしてみました。まるで白いアスパラガスのようで、白くて細くてつるんとしていました。
 
「宝石みたいにぴかぴかだ」
なめてみると、これがおどろくほどおいしいのです。あの日に手に入れたどのおかしよりも、おいしく感じました。すっと心が気持ちよくなる気さえします。ぼくはすぐに口の中にほおりました。
 
したで飴を転がしていると、なんだか頭がはっきりしてくるようでした。
 
ぼくはいったい、どれだけ待っていたのだろう。そして、ここがおばけ屋敷のように荒れ果てていることに気付き、おどろきました。うす暗くてじめじめしていて、舞っているほこりがおばけみたいで、虫なんかもそこらじゅうにうごめいていました。ぼくはここにいるのがいやになりました。
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すぐにでも外に出たくて、家から飛び出しました。ここはお母さんと一緒に住んでいた家だったのです。しかし、昔一緒にくらしていた頃よりずいぶんとボロボロになっていました。
 
「また会えると信じていたよ。それにしても、久しぶりだね」
そう言葉が聞こえると、この前の飴をくれた人が立っていました。
 
「飴、おいしかったです。本当は、とてもきれいだったからお父さんたちに分けてあげようと思ってて、取っておこうと思ったんだけどね...」
 
「君はやさしいね。せっかくだから、町を歩きながら話さないかい?」
 
ぼくたちは一緒に歩きだしました。
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なんというか、町はとてもふしぎでした。
 
だれもぼくらのことが見えていないようでした。それはさっき、ふらふらと歩くおじいさんにぶつかったと思った時に、するりと通りぬけてしまったということがあったからです。そして、とても目立つきらきらとした人のことを、誰も見ないことも不自然でした。それがどうしてか、ぼくには心あたりがありました。
 
「ぼくは......死んでるの?」
 
「そうだよ。もう何百年か前に、すでにね」
 
「......じゃあ、お母さんとお父さんも?」
 
静かに、うなずきました。
 
その人はなぜか、全てを知っているように言うのです。なぜだか、そうなんだと納得してしまう力がありました。そして、死んでいるということに気づけずに何百年も過ごしていたぼくは、なんだかまぬけに思えました。
 
「あの日を覚えているかい?最初に会った日さ。あの日は死んだ人が帰ってくることができる特別な日だったんだ。だから、君は町で生きているように振る舞えた」
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「私は幸せな気持ちになれる飴を、困っている人に渡すのが使命でね。そのようにつくられたんだ。そこでだ、君は幸せになれたかな?」
 
ぼくは、最後に食べた飴のことを思い出していました。とても、とてもおいしかった…でも……
「まだ、よく分からないや......。ところで、ぼくのお母さんとお父さんにはどうやったら会えるの?」
 
「君のお母さんとお父さんは、君の行くべきじゃない、暗い闇の世界へ落ちていったよ」
ぼくは血の気が引く感じがしました。きっとそこは、怖くて辛い世界なのだと思いました。
 
「...もう会えないの?」
 
「会うべきじゃないよ。君はそっちへ行かなくていいもの」
にっこりとほほえみながら、何の気なさそうに言うのです。ぼくは、つきはなされたような思いがしました。
 
「君のご両親は、残念ながらいい人では無かったんだ。でも、君はその分、それ以上にこれから幸せになれるよ」
そうまっすぐと言い放つと、飴のようなうでが夕日に照らされてきらりと光りました。
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「ぼくは...これからどうしよう......」
 
「あの日、おかしを食べて満足した時に眠たかっただろう?そのまま満足して、眠っていればそのまま君は天国へのぼっていたよ。でもね、君がご両親と同じところへ行くべきじゃないように、君はそんな場所じゃなくてもっと良い場所へ行くべきなんだ」
 
「......良い場所って?」
ぼくはなんだか、頭がばくはつしそうな気さえしました。
 
キャンディーランド(おかしの国)さ」
 
「そんな場所、聞いた事ないや...」
 
「おいしいおかしがたくさんあって、ずっと幸せにくらせる国だよ。ぜひ君に来てほしいんだ」
きらきらとした笑顔でそう言いました。
 
「ぼく、もっと甘いおかしをたくさん食べたい。それで、さっき家から出てきたんだ」
 
「もちろん、キャンディーランド(おかしの国)ならいつまでもおかしを食べて、幸せでいられるよ」
 
「……ぼく、行ってみたい」
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「じゃあ、一緒に行こう。さあ、こちらにおいで」
町の中に立っていたはずのぼくらは、おだやかであたたかい光につつまれていきました。
 
 
―――私は長い長い夢を見ていました。それは、不幸な男の子の夢でした。だれもが苦しみをかかえながらも、生きなければならない地上世界。このような不幸は、けっして少なくはありません。
 
このあたたかく、甘ったるい世界において、地上での記憶はいらないものです。いずれ砂糖の海の中に、全てとけてしまうでしょう。
 
この私も、かつては地上に生きる人間だったといいます。もう覚えていないので、他の方から聞いた話なのですけれどもね。それはさておいて、地上にまたハロウィンがおとずれます。私たちはこの日に地上におり立って、この幸福のキャンディーランド(おかしの国)へといざなうのです。身も心もキャンディーとなれば、苦しくてかなしいことも全てきえてなくなっていきます。
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キャンディーランド(おかしの国)は、少しずつ大きくなっていっています。しだいに地上をのみこんでいくことでしょう。
 
この地上はすでに、砂糖の海にしずむキャンディーたちの見ている夢なのかもしれませんね。