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僕の足の電池が、切れちゃった!

 幼児の感性(かんせい)の鋭さから発せられる独特の言葉には、度々、感動させられます。

 5歳の孫が、母親である私の娘と千葉県内のマザー牧場に遊びに行った時の話。牧場内を散々歩き回って、孫も相当くたびれたのでしょう。その時、こんな事を言ったそうです。“ママ、僕の足の電池が切れちゃったから、もう歩けないよう~”。

 少し大きくなった子供や成人なら、疲れたとか、くたびれた等と言いそうなものですが、電池切れとは!小さな幼児が発する言葉からは、その感性(かんせい)の鋭さや、想像力の逞しさなどを、度々感じます。感性(かんせい)の感(かん)とは、印象を直感的に受け入れる能力。性(せい)は、生まれつき備わっているもの。すなわち、感性とは、外からの刺激を直感的・感覚的に受け止める能力のことでしょうか。

 人は成長するにしたがって、乳幼児の時代の、特別な感性や感受性を失っていくものです。自然の摂理なんでしょうが、なんとも惜しい。

 ただ、世の中には、こうした感性等を失うことなく成長していく、そんな人達もいるような気がします。芸術や音楽の世界で、天才といわれる方々に多いような気がします。随分と昔の画家ですが、放浪の天才画家と言われた山下清(1922-1971)などが、その代表でしょう。

 子供たちの感性鋭い表現能力に感嘆しながらも、その成長の軌跡を見守ることも、大人の役割。将来、どのような変貌を遂げるか楽しみにしつつ、見守っていきたい。