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ブレンドコーヒーの楽しみ方とデザイン


 コーヒーショップに行くと様々なネーミングのコーヒーがあって、そんな中からお気に入りのコーヒーを選ぶのって楽しいですよね。

 産地を商品名にしているものは産地に思いをはせながら楽しんだり、「マンデリンが好き!」といったように産地ごとの味の違いから自分の好みを見つけたりして楽しむこともできます。

 今までのNOTEでは産地への訪問を文章にしてきましたが、今回は産地による味の違いではなく、ブレンドコーヒーについて文章にしていきたいと思っています。

 ダークブレンド、ライトブレンドなどの名前からはコーヒーの味わいが想像できます。

 SAKURAだったら春を、ウィンターブレンド、サマーブレンドなど季節に合わせた商品名は、コーヒーから季節の移り変わりを感じることができて楽しいものです。


 最近では「パンに合うコーヒー」などのようにコーヒーを飲むのにおすすめのシーンを想像して味を設計したコーヒーなども見かけます。

 こういったブレンドの名前が気になったらぜひお店の人にネーミングについて聞いてみてください。

 コーヒー屋は一つ一つの商品に産地、あるいは飲んでくださるお客様に思いを馳せながら品質設計を行い、名前を付け、商品として届けています。その背景にあるストーリーを伝えられるのはとてもうれしいことです。


 今回は三島にあるギャラリーと共同で開発したブレンドコーヒーについて文章にしました。


 どんな風にブレンドコーヒーがデザインされているのかを知れば、コーヒーのストーリーを感じながら、一冊の本を読むように、もっとコーヒーを豊かに楽しむことができると思います。

豊かなコーヒーライフの参考にしてもらえればうれしいです。


【コンセプトの設計】


 今回のブレンドコーヒーは三島という町に根差して活動しているアートギャラリーで販売するブレンドコーヒーです。


 ギャラリーにいらっしゃるお客様は、アートを目当てにしているのでコーヒーフリークの方に訴えるような情報豊富なコーヒーでなく、アートのように感性を大事にしたコーヒーの開発を目指していました。
 

 ブレンドコーヒーは販売もしますがギャラリーを訪問してくれたお客さんに、歓迎の意を込めて抽出してお出ししたいとの事。
県外から訪ねてくるお客様も多いため、今回のブレンドでは三島の町の持つイメージを表現したいとのオーダーでした。

オーナーさんから頂いたコンセプトは湧水と森の2種類でした。

【コンセプト設定に向けた下調べ】

 三島は東海道五十三次の宿場町、箱根を降りてきた旅人が休む場所としても栄えたそうです。人を迎え入れるというコンセプトとの相性がとてもよさそうなバックグラウンドを有する町です。

 また富士山からの湧水が町のいたるところで湧き出る水の町、そして緑豊かな山林を有する町ということでした。
これらについてちょっと掘り下げてみると。


「湧水」
三島の湧水群の水は、富士山地域から約3分の2、箱根地域から約3分の1が供給されています。富士山2、箱根1のブレンド水が三島の湧水です。


https://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn003297.html


「森」
三島のまちには、楽寿園をはじめ、三嶋大社や地域の神社、寺など身近なところに、巨木名木を含むいろいろな木があります。
 木々は夏には涼しい木陰を作り、空気の浄化や、土地に水を貯えたりしてくれます。鳥や昆虫にとって、大切な生活の場所でもあります。
https://www.city.mishima.shizuoka.jp/mishima_info/amenity/shizenkankyo/jumoku/jumoku.htm

そんな街の特色を表現するためにコーヒーのブレンドコンセプトは

①三島の湧水:湧水の持つ透き通った味わい、清廉な味わいでありつつも柔らかさを感じる味わい→やや浅煎りのコーヒーをブレンド、酸味は控えめに

②三島の森:森の持つ複雑性とぬくもりを表現した味わい→やや深煎りのコーヒーをブレンド、多様な香りを入れて複雑な味わいに

 という品質の方向性を用意することにしました。
お次はコンセプトに沿った豆の選定です。

【豆の選定】

 生産国や農園を商品名に入れたコーヒーは、その豆の最もおいしくなる焙煎条件で提供し、お客様の好みと合致したものを提案することがコーヒー屋のの使命だと考えています。

 一方でブレンドコーヒーは、イメージを風味として具現化し、その風味を維持することがコーヒー屋の使命だと考えています。

 コーヒーは農産物なので同じ産地、同じ農園の豆を使用しても年ごとに風味にばらつきがあります、そして同ロットの豆も商社さんの在庫がなくなった時点で完売御礼。
豆がなくなっても同じ味にできるように正確に味を記録し、再現性をもって風味を維持していくことが肝心になります。

 今回のオーダーは期間限定の商品ではなく、長い期間販売したいという要望でした。
 こういった商品の開発では、生産量の多い国のものを選択するように心がけるとともに、風味のプロファイリングをしっかりと行うようにしています。

 とは言えコンセプトが決定した後の使用豆選びという段階ではコンセプトと産地のイメージの合致度を参考にピックアップしました。実際に検討したのが以下のコーヒー豆たち。

①グアテマラリオアスール

 リオ・アス―ル(青い川)がこの地域を貫いて流れています。この川はその名の通りの青色で、石灰質土壌の真っ白な川底と美しいコントラストをなし、まるでコーヒー園の中を、トルコ石を散りばめたミルクシェイクが流れているかのような、幻想的な世界を見せています。
https://matsuyacoffee.shop-pro.jp/?pid=152409235

②グアテマラ アゾテア農園

 こちらの農園は自身が中米に行ったときに訪問し、グリーンアップルのようなさわやかな香りが今回の湧水のコンセプトに合いそうに感じたため今回の検討に入れました。
https://note.com/tik190/n/n5233e648d88d

③コロンビア ウィラ サンアグスティン
 コロンビアのコーヒーは標高の高い農園で栽培されることが多く、深く焙煎してもしっかりとコクが残りバランスの良いコーヒーになります。今回選んだサンアグスティンは標高1900mと特に高い標高の農園で栽培されているため、森を表現するときの複雑さを焙煎で引き出すための骨格にしたいと考えました。

④エルサルバドル エルカルメン
 エルサルバドルのコーヒーはコク深い味わいで、ナッツやチョコレートのような香味を有する者が多く、こちらの農園はRA(Rain Forest Alliance)を取っており、三島の多様性のある森の様子とリンクするのでは、と考えチョイスしました。


【コーヒーの焙煎】


 今回はブレンドを作成するためにそれぞれのコーヒー豆の焙煎度合いを焼き分けカッピングしました。

 私は富士ローヤルの半熱風式の1㎏釜で焙煎しています。コーヒーの焙煎機には様々な方式がありますが私の焙煎機は比較的クリアな味わいに仕上がりやすい焙煎機です。

 焙煎では主に"火力"、"空気をどの程度引くのか"、"焙煎時間"の3つを操作しながらコーヒーの温度、色、ハゼを観察しながら風味の調整を行います。

 上の図はコーヒーの科学(著旦部 幸博)を引用させていただいたものです。焙煎度合いはライト→イタリアンとそれぞれの焼き加減に合わせて呼称があります。そして焙煎度合いや風味のティッピングポイントがハゼと呼ばれるものです。

 コーヒーは焙煎工程の中でハゼと呼ばれる段階が2度生じます。
 それぞれ最初のものを1ハゼ、いったん収まってしばらくしてから起きるものが2ハゼと呼ばれており、焙煎中にぱちぱちとコーヒーが音を立てることからそう呼ばれています。
 これはコーヒーの中で発生した気体がコーヒーの細胞を押し広げ、破裂する際の音です。

 1ハゼの段階ではまだコーヒーの色は淡く、コーヒーらしい香りをほとんど感じることができません。
 私たちが飲むコーヒーはたいてい2ハゼの前後で煎り止められたコーヒーです。2ハゼの前に焙煎を止めると酸味が残りやすく、コーヒーの「個性」がしっかりと感じられる焼き加減になります。

 2ハゼ以降も焙煎を続けると徐々に酸味は減り、コーヒーらしい香ばしい香りやコクを強く感じる味わいになっていきます。


今回は湧水で使用するものは2ハゼに入る前で調整したコーヒーをメインに、森で使用するものは2ハゼ後をメインに何段階かに焙煎度を調整しました。

 こうすることで4種類の豆から焼き加減を調整した10種類以上のブレンドの素材としてのコーヒー豆が出来上がりました。

【カッピング】

 正式なカッピングはプロトコルに従い、焙煎条件を一定にして、コーヒーの品質を比較することを目的に行います。

 ただ今回のように焙煎条件を振って、その時々の特徴をつかむ場合、焙煎直後には風味確認をしません。
 焙煎直後は本来のコーヒーの味わいと若干異なる特徴が出ているため、焙煎後3日してから風味の確認(カッピング)をします。

 私は今回のカッピングで酸味の強度、質、複雑さ、香りをメインの評価項目として設定しました。

 本来カッピングは正式な評価用紙がりそれを使用しないと正式な点数を出すことはできません。
 今回はコーヒー豆の品質を評価することが目的ではなく、コンセプトをコーヒーで表現することが目的です。

 そのためコンセプトを実現するために重要となる評価項目を自身で設定して評価します。

酸味の強度、質
 普段コーヒーを飲みなれていない方にコーヒーをおすすめする場合、質の悪い酸味があるときわめてネガティブな印象が残ってしまうため、この項目は大切な指標としています。

複雑さ
 今回開発するブレンドは透明感のある「湧水」と複雑性を感じさせる「森」の2種類、そのためコーヒーがシンプルであるか、それとも複雑性を感じさせる風味なのかも重要視しました。今回使用した豆ではコロンビアの豆が処理工程からくる複雑な香りを持っていました。

香り
 コーヒーのテイスティングコメントではナッツの香りや紅茶のような香りなど、様々な風味表現があります。今回テイスティングした豆に感じた特徴的な風味をチェックして、品質設計の際の参考にしました。
 今回の中ではグアテマラ アゾテアでグリーンアップルのような香り、コロンビアではワインのような香りを感じました。
 ポジティブな香りでもブレンド全体に大きな方向性を決定づけてしまうような香りであればその程度を調整する必要があるためです。


【ブレンド】

 ここまで集まってきたデータをもとにコンセプトを具現化していきます。
今回の開発では自分のブランドとして販売するわけではないので、ギャラリーのオーナーさんにプレゼンする際にはそれぞれの商品に対して2~3種類の候補サンプルを用意します。

 直接の接点を持つのはギャラリーの方なので一緒に選ぶという工程を共有することで、販売へのモチベーションや商品に対する理解が進み愛着もわきます。

 「三島の湧水」「三島の森」それぞれに使用する豆の焙煎度、ブレンド比率を変えた計5種類を提案しました。

 提案したコーヒーをプロットすると上記のようになります。シンプルにまとめた湧水は焙煎度合いを振りながらシンプルさを維持させました。

【ブレンド品質決定に向けたディスカッション】

 今回は湧水2種類、森3種類の候補サンプルをもって三島に伺い、テイスティングのセッションを持ちました。

 湧水①についてはすっきりとした味わいで湧水らしさはあるものの、酸味の強度が強く一般受けするかどうか判断の難しいところでその点についてギャラリーオーナーさんとのディスカッションをしました。

 また森に関しては私が開発する中で描いた複雑性、温かみに対するイメージとオーナーさんの持っているイメージが合致しているかを確認するため、焙煎具合だけでなく風味の方向性もいくつか提示してみました。

 具体的には森②では赤フルーツの香りやナッツの香り、その他さまざまなコーヒーの産地特徴に由来する香りを持つ品質に仕上げたのに対して、森③はナッツやウッディーノートを中心にややシンプルですが焙煎による香りの複雑さを感じる品質に仕上げてテイスティングに挑みました。

 結果としては湧水ではすっきりとした味わいの湧水①を、また森ではよりコーヒーに温かさを感じる森③のブレンドを商品化することになりました。

 こちらのブレンドコーヒーは近日中に以下のショップで購入することが可能になりますので是非試してください。

https://shop.ecru-no-mori.jp/

【まとめ】

 今回は実際に開発したブレンドコーヒーについて コンセプトの設計→豆の選択→焙煎→ブレンド→評価 と流れを追いかけてみました。

 造り手さんによって手順は違うかもしれませんが、どんな思いが商品名に込められているのか、それをどんな品質で具現化したのか、

 そんなことに思いを馳せる、そんなブレンドコーヒーの楽しみ方も豊かなコーヒーライフにつながるのではと思います。

 コーヒーの産地を身近に感じる産地や農園指定のコーヒーだけでなく、作り手のストーリーを感じることができるブレンドコーヒーを楽しみながら、今日も豊かな一日を!


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