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「魂がフルえる本」 その6《だから私は、さびしんぼう — 『夢の色、めまいの時』 大林宣彦》

大林宣彦監督の映画が好きです。

大林監督の代表作といえば、「さびしんぼう」。
映画界の巨匠・黒澤明は、スタッフ全員に「『さびしんぼう』を観るべし」と言ったそうです。

私は、高校生の頃、映画館ではなく、新聞のテレビ欄で「さびしんぼう」の放映を知り、自宅のテレビではじめて観ました。
感動して、その時録画したものを何度もなんども見返したのですが、その放映中にニュース速報が入ってしまったので、くり返し〝速報〟入りの録画を観ることに・・・。のちに、市販のDVDを観ていても、その場面になると、「ピコーン ピコーン」と速報のチャイムとテロップが頭の中で再生されるようになってしまいました。

「さびしんぼう」を観ると、とても切なく、寂しい思いになり、それと同時に、
「オレはオレなのだ。そのように生きていくのだ!」
と、どこからやってくるのか分からない自己肯定感が、なぜだかフツフツと沸いてきます。

大林映画からは、キラキラとした明るい透明なパワーというよりも、この世のすべてを受け止め、包み込み、それをグラグラと煮て濃縮した、熱く深い血の色のような、圧倒的なせいの力を感じます。

このような映画を撮る人はどんな人間なんだろう、と、そんな興味からこの本を買い求めました。
「夢の色、めまいの時」は、編集者の熱いラブコールを受け、ご自身のことを語ったエッセイです。子供の頃のエピソード、映画というメディアについて、表現者という生き方、監督と役者の関わりなど、「大林宣彦の哲学」が、そこにはあふれています。

この本で私がいちばん好きなエピソードを引用します。
イタリア国境に近い、フランスのとあるお店でスパゲティを食べたときのお話。

ぼくは食べ物がまずい時だけ腹が立つんです。
それでとにかくシェフを呼んだ。

「お前このスパゲティーうまいと思うか?」
「お前はどう思うか?」
「オレは、世の中にこんなまずいスパゲティーはないと思う」
「そうだろ。オレもそう思う」
「それじゃあ、どうしてそんなもん食わせるのか?」
「どうして、そんなもん食うのか?」
「なに!…」
「お前な、スパゲティ好きか?」
「好きだから、こんなに我もなく、逆上しておこってるんだ。」
「オレもスパゲティー大好きだ。いいこと教えてやる。ここから車に乗って走りなさい。10分も走ると国境だ。その向こうはイタリアだから、うまいスパゲティー屋がいっぱいある。オレもいつもそこへ食いに行くんだ」

といってウィンクをするんです。その時になって、これは一本やられたと思いました。フランスも、パリまで行けばスパゲティーもうまいです。国境から離れるほどうまくなるけど、国境のすぐ近くで、国境のこっちと向こうで同じようにスパゲティーがうまかったら、彼らにとっては問題なんです。つまり、国境とは、お互いの違いを確立するためにある。
〜中略〜
それは要するに「ぼくと君とは違うよ。俺は君の所へ行ったらニース風サラダを食うよ。お前もオレの所へ来たら、スパゲティー食えよ」と言う友好関係、つまりコミニュケーションが成立してるからなんです。お互いが異なる美質をお互いに持っているから、それぞれの存在理由がある。誇りもあり、友情も生まれる。

「夢の色、めまいの時」79ページ

大林さんのこういう感性がとても好きです。
「みんな違って、みんないい」という言葉がありますが、これなんかは、大林さんの言葉とは正反対の気がします。
大事なのは「違い」の部分であって、それをまっすぐに観察しなければ、互いの存在を認めることにならないのに、「みんな違って、みんないい」は、互いの「違い」を隠して見えなくして、最初から無いものとして扱っているように思えます。

ひょっとすると、日本という国には人がたくさんいるけど、日本人は誰もいない国かもしれないですよね。恐い国かもしれません。その恐さから逃れるために「ぼくだよ、ぼくだよ、ぼくだよ」という小さな声がどんどん湧き上がって欲しい。「ぼくだよ」とは、要するに「ぼくは君じゃないよ」ということなんです。その表現だと思うんです。そのことが、僕は本当の情報だと言うんです。君の痛みとぼくの痛みの違いを知ろうというのが情報なんです。

「夢の色、めまいの時」81ページ

大林さんの語る口調は、どこまでも優しい。
それでいて、揺るぎない決意に満ちた力強さがある。

そしてもう一つ、少しだけ「さみしさ」も感じるのですが、その「さみしさ」は、大林さんが表現者として、「孤独」を引き受けているところからくるのかもしれません。

・・・ものを作るために、結局どこか孤独でないとならないんです。

「夢の色、めまいの時」101ページ

「夢の色、めまいの時」を読み返し、「さびしんぼう」を観て感じたものは、まさに、大林さんの生き方そのものだったのか、と、あらためて発見したのでした。

「ひとを恋することはとってもさびしいから、だからあたしはさびしんぼう。でもさびしくなんかないひとより、あたし、ずっと幸福しあわせよ」

映画「さびしんぼう」より
「夢の色、めまいの時」 大林宣彦著
桐原書店
1986年発行

大林宣彦(おおばやしのぶひこ)
日本の映画監督。従四位、旭日中綬章。倉敷芸術科学大学客員教授、長岡造形大学造形学部客員教授、尚美学園大学名誉教授、文化功労者。
ウィキペディアより

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