レッドアンブレラマーチ_カット

#RedUmbrellaRally に参加してきた話

3月8日は、国際女性デー。
元はゼネスト(賃金労働もしないし、無償労働もしない、そして人権を剥奪するな、女を舐めるな、見くびるなよ、みたいなことを訴える感じ)の日だそうだけど、
どうやら世界的に、ジャパンでも、ウォークが開催されるということで、私も歩いてきた。

と言っても、ウィメンズ・マーチ東京の方ではない。
レッドアンブレララリーの方だ。

赤い傘をさし、ゴリラのお面をして、
まだ明るい繁華街の中を歩く。

「SEXWORK IS WORK!」の旗を、それぞれに掲げて。

ラリーに参加することは、ずいぶん前から決めていた。

ゼネスト的な動きもしたかったから、勤務先のシフト申請の際にも、8日は終日出勤不可、と伝えていた。
申請だから、ストライキ感はほとんどない。
けれど内心はそうでもない。
楽しみにしていた。

不安もあった。

集合場所の渋谷に向かう電車の中、ツイッター画面を眺めながら考えていた。
ドレスコードのことだ。

自宅から駅までの道で5件も傘売り場があったので、「どこかで買えるだろう」と思っていた赤い傘は見つからなかった。
ゴリラのお面はなおさらだ。
というか、傘があるからいいや、と思っていたので、お面やサングラスをかけることは想定していなくて、コンタクトではなく、メガネで出てきてしまっていた。
裸眼の私は、両目でも0.1にはるか及ばない程度の視力しかない。
バッグの中には、花粉症対策で一応持っておいているマスクが1枚。

プラカードのようなものは用意していたので、
まぁ、それで顔隠して歩けばいいか、など思っていた。

けれど電車に揺られながら、ドレスコードへの不安はふくらんでいった。
私自身の格好のこと、ではない。

ドレスコードについて当初、公式アカウントからは
「当日はご自分でご自分がセクシーだと思う格好をしておめかししてきてくださると嬉しいです」
というアナウンスがされていた。

セクシーな格好は、したいと思うときにするのは好きだ。
ジャパンの、女性がセクシーな格好を楽しむことを忌避する文化を私は憎んでもいるので
大学の卒業式のときには、露出高めのブラックのドレスにハイヒールを履き、髪を巻き上げて参加したりもした。
マルイ系ファッションの女子が多く、メンノン系ファッションの男子が多い、キリスト教系の大学だ。
詳しくは書かないが、少なくない同級生には結構な反応をされつつも、
同じジェンダーゼミにいた男子も含む学生たちからは、冷やかしではない喝采をされ、喫煙所仲間だった女子たちとは抱き合ったりもして、いつも通り、タバコから火をうつしあった。
厳粛さが求められる空間での、パフォーマンスとしての露出度高い衣装にはパワーがある。
それは間違いない、ということも、知ってはいるつもりだった。

けれど、それが「ドレスコード」として書かれてしまうと、意味合いが変わってくる。
「セクシーさを求められる」というのは、また別の抑圧だから。

だから今回は、むしろ性的要素のない格好で向かっていたのだ。
ワンピースの下にはデニムをはいた。
体のラインがわかりにくいダウンを着た。
化粧はしなかったし(常日頃からすっぴんですが)、
コンタクトもしなかったし(オーラを消す時にメガネはとても役に立ちます)、
ニット帽をかぶって(トレードマークとして認識されるレベルでいつもかぶってますが)、
花粉症対策のものだけど、マスクも持参した。
年齢も性別もわからない、ただのずんぐりした人、として参加する予定だったのだ。

でも、迷った。

セクシーな格好で、というドレスコードについて、ツイッターで確認する限りでも複数の指摘、批判がされていた。
主催の方でも話し合いがもたれていたようだし、
主催から流された“風俗嬢にオフのときにセクシーさを求めるな”というようなチラシも、好意的に拡散されていった。
(それには私も賛同した)

だからこそ、思ったのだ。

「もしかして今日、ちょっとも露出した格好の人いなくなっちゃうのでは?」

本当は、別にいいのだ。
それで何も間違ってない。

でも、何かメッセージを届けようと思ったとき、
それがデモであれそうでない機会であれ、
時にパフォーマンスとして“格好”をつけることは、やっぱり力になるのだ。
装うことは、装備を整えること。闘うために必要な準備だ。

揺れる電車の中、もう一度、自分の下半身を見つめた。
薄い色のデニム。
淡白な色のワンピース。
どちらもユニクロの、シンプルなデザインのものだ。それに、黒色の地味な5センチヒールのブーツ。

デニムの下には、黒い、ぺらっぺらの、ヒートテックのタイツを履いている。

電車が渋谷についた。
14時54分。
待ち合わせまであと6分で、距離があるから、急ぎ足で行っても少し遅刻になるかもしれない。

ホームを抜けて、トイレに急いだ。

そして、デニムを脱いだ。

ずんぐりむっくりしたまま、私は膝上18センチのワンピースの女、になった。

待ち合わせ場所についた。
ゴリラの人がふたりいて、赤い傘と、「死に腐れ家父長制」という傘をさしていた。
「ゴリラじゃなくてゴジラになっちゃった!」という人もいて、
女子力の遺影を掲げている般若もいた。
私は『LIVUNG TOGETHER ALREADY not ephemeral』というプラカードを持っていたので、遺影と並んだら、“生死”が揃って楽しそうだ。
他にもいくつかのメッセージを掲げている人たちがいて、
白いマスクに口紅を引いている人がいて、
けれど、私を入れても10人いない。

主催の人のご厚意で、貴重な赤い傘を貸してもらえることになった。
(大変助かりました)
微妙に赤になりきれていなかった、ずんぐりのくせになぜか膝上18センチワンピの謎の女、だった私も、
傘のおかげで、たぶん、やっと一員ぽく見えるようになった。

ガイドらしき人から説明があった。
デモではない、ということ。
主張の声はあげなくてもいい、ということ。
けれど(ゴリラだし、青空なのに傘さしてるし、プラカード持ってるから)職質かけられる可能性があって、
だからこそ、きっとそんなときひとりにしてしまわないように、固まって歩くこと。

私の緊張感が、俄然高まった。
これ、「ただ歩くだけ」なんだ。「デモじゃない」から。
ということは、つまり、そういうこと?

なんておそろしいことを……と、正直思った。
そりゃ、声かけられたら解散するしかない。

出発して最初にしたのは、記念撮影。
渋谷のスクランブル交差点の中程で。
ゴリラ、赤い傘、マスク、遺影、ずんぐり。
セックスワーカーだけじゃなく、女と男だけじゃなく、頑丈な体を持った人だけでもない、謎の数人。

「これ、けっこうなロックじゃないの」

私の心のなかの伊坂幸太郎が言った。
撮影後はおとなしく道に戻って、ついにウォークのスタートだ。

赤い傘で顔は隠せる。
こっそり深呼吸して、背筋を伸ばした。
“見せる”歩きかたは、実は知っている。ちょっと久しぶりなだけだ。
レッドバンドをつけた手で、中指は立てる形で、プラカードを掲げた。

「りびんぐとぅぎゃざー……?」

見てくれている人たちの声が聞こえる。
時々、流暢な発音。
少なくはない、向けられた通行人たちのカメラ。
通り過ぎてから顔をのぞかせたら、がんばってね、と手を振ってくれる人たちの姿が見えた。
プラカードを振り返した。

実は靴のサイズがあわなくて、数分で足が痛み出したのだけれど、それは忘れることにした。

少し薄暗くなってきた17時半ごろ、私はラリーを離脱した。
赤い傘は返した。
駅の狭いトイレでデニムをはく。
日常に帰る。

ラリーはまだ続くけれど、子どものお迎えがある。
夫とラインしあって、どちらが早く保育園に到着できそうか確認し合う。
追加料金のかかる時間までには間に合わないけれど、100円でも惜しいから、私は走る。
すごく足が痛い。

外が暗くなった頃、まだ地元駅につかない電車の中で、ウィメンズ・マーチ東京のアカウントを覗いてみた。
大盛況だ。
院内集会があって、いろいろな人たちのスピーチもあり、大変に盛り上がっている様子だ。
その、歩き始めの熱い渦の様子に勇気づけられながら、帰っていく先の景色を眺めた。
都内はもう通り過ぎた。見える明かりはどうしても少ない。

分断、とまでは思わない。
でも、間に何もないわけでもない、とも感じている。

入れ替わり立ち替わり、でもけっきょく10人以上にすらなる瞬間ってなかったのでは? と思われる、赤い傘とゴリラたちのマーチを思った。
繋がりきらない中で、でも、確かな連帯もあった。
小さくて、多様性のあるマーチ。

週末には、今度こそ赤い傘を買いに行こうと思う。


おわり。

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