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むこうぎしのはなし



生まれが23区内の川の近くだったから、幼いころから川の河川敷でよく遊んでいた。
夏は花火があがるものだから、毎年見に行き、見終わった後は屋台の食べ物を渡り歩き喰い歩き、それが美味しいか美味しくないかわからないが、いつもおいしい気持ちでやきそばやフランクフルトを食べていた。

その頃は、橋を渡って向こう岸ににいくことなんて全くなかったから
なんともなしに、向こう岸の町をよく眺めていた。

高校生になって、初めての夏休みは一個上の友達の紹介で
プールの監視員のバイトをした。
そのプールは隅田川の近くにあるので、よく隅田川を眺めていた。

こちらから眺める隅田川の向こう岸は月島で、
高層マンションが立ち並んでいる印象だったから、月島は
金持ちがたくさんいる街なのかなと、なんとなく思っていた。

プールのバイトに通しで入る時はお昼ご飯を食べる。
その当時のお昼ご飯といえば、月島にあったお弁当屋さんの
とりそぼろ弁当が定番だった。
休憩の30分前くらいになると、バイトのみんなで食べたいものを決めて、
お弁当屋さんに電話で注文する。
そして、休憩時間になると当番の人がお弁当を受け取りに月島へと渡っていく。

僕は高校生になっても荒川を渡ることはほぼほぼ無かったが、
バイトの影響で、隅田川は、向こう岸へと自然とよく渡るようになっていた。
ある夏の雨の日がよく覚えている。
プールはその日、遊泳中止だった。
天気が悪い日はお客さんが少なく悠々と泳げるので、あえてそういう日を狙ってがっつり泳ぎにくるお客さんもいたりするのだが、その日はざあぁと大粒の雨音が鳴りやまない日で、プールも激しく雨が降り注いでいた。
なので『水底が確認できない』為、監視業務が行えないという理由で
遊泳中止になっていた。
勿論、雨が弱まれば遊泳を再開するので、監視員は室内で待機している。

何もしなくとも腹は減るもので、前述のお弁当屋さんにとりそぼろ弁当大盛りを頼んだ。
その日は偶々、お弁当を頼む従業員が多く、一人では運べないとなったので、先輩と二人でお弁当を受け取りにむかった。
その時、僕も先輩も、支給されているビーチサンダルに短パンという
いで立ちでいたのだが、僕のサンダルは既に底がつるつるにすり減っていたため、月島に渡りきるまであとちょっとの橋の端っこで滑って
つるっと綺麗に転んだ。転んだ音も雨にかき消され、先輩はそっぽを向いていた為、僕の見事なすってんころりんはもっと見事に気づかれなかった。

話が大きく逸れて昔話の余談となったが、
むこうぎし とは面白く奇妙だと思う。
笹川美和さんの曲で『霧』という個人的な名曲があるのだが
歌詞の中に-霧よ晴れないで あなたの向こうにはいるのー
というフレーズがある。
霧を『あなた』と呼び擬人化している歌詞に当時、感銘を受けたが、
あなたの向こうという言葉が僕には、見たこと行ったことのない
蜃気楼のような川の向こう岸に思えるのだ。

と、書いてみたらまんまでその通りだった。

若いころ、小さなころは近いがいったことがなく
ちょっと遠くに見えているごく自然なる向こう岸だったが、

最近は、
向こう岸を自分で作る(設定する)ことができる(もしくは無意識にしている)のではないかと考えている。

憧れだったり、興味だったり
自分のモチベーションやメンタル管理の一つとして
真実は確かめない、けどたしかにそこにあり見えるものを心の望遠レンズでピントを合わせておく。
真実を確かめられないもの 知り得ないもの
ではなく
真実を確かめられるが確かめない 知ることが本来は容易にできるもの
あえてそうする事で自分のどっかしらのメンタルを保つことが出来る。
想いをはべらせる事ができるもの。

覗けばそれがむこうぎしにいつも見えている。
いつか、確かめる事ができないものになり
真実を知ることが不可能になるかもしれない。
その時を知ることもないかもしれない。

ただそれでいい。
黄金卿はいつもむこうがわに在る。

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