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香港脱出マジピンチ

※前回、深圳を出るのに大ピンチに陥った話の続きになります

香港MTRは自販機で買える硬質のカードが切符替わりで、、駅を出る際は自動改札機の投入口に入れる(=カードを返す)。
改札は扉式ではなく、3本の金属製の棒がロック解除されるのを自分で押して回して出る方式だ。
この自動改札機を見ると、香港にいる実感が沸く。
初めて香港に来た時も地下鉄の自動改札はこの方式だった記憶がある。
そっか、あれはもう20年も前か、と考える余裕も出て来た。

上水駅から出ると目の前にバスターミナルがある。
そこは今まさに降り出した土砂降りの大雨と降車客、それに各地に向け出立するバスとタクシーでごった返していた。
6月は雨の多い季節で、かつ香港はじっとりと暑い。

ここから香港機場(空港)に行くには空港方面に行くタクシーを捕まえるか、A43と書かれたバスに乗ればいい。
ネットで調べた事前情報ではタクシーで40分ほど、バスでだいたい50分から1時間と少し。
現時点で9時ちょっと前なので、仮に空港までの所要時間が1時間としても、10:30頃までの空港での搭乗チェックイン締め切りには余裕で間に合うし、機内持ち込みのバックパック一つで預け入れ荷物もないので、時間的な意味で言えば割とギリギリまで何とかなる。

バス乗り場は駅を出てすぐの歩道沿いにあった。
土砂降りで傘を出すまでの一瞬でびしょ濡れになったけど、場所の確認は出来た。
とりあえずさっきの地下鉄一区間で手持ちの(元々少なかった)香港ドルを25ドルほど使い、現金はほぼ持ってないのでクレカでチケットを買おうと思い、どこで買えばいいかMTRの窓口で聞く。
僕「香港空港に行くバスのチケットをクレジットカードで買いたいんですが」
窓口「クレジットカードは使えないよ!現金のみ」
僕「えっ…じゃあオクトパスカードを買って乗るのは?」
窓口「オクトパスカードもチャージは現金のみ」
僕「わかりました…ありがとうございます」
現金のみ…
現金のみ…?

相変わらず土砂降りの上水駅で、絶望の淵を僕は見た。
「…詰んだ」
そんな言葉が、本当に口をついて出た。

バスもタクシーもクレジットカードが使えない。
日本の銀行などなければ、カードでATMから現金を引き出すこともできない。ここは香港のはずれの街、それに加えて銀行もATMもどこにも見当たらないのだ。
色々なことが頭の中をぐるぐると巡る。
単に飛行機に間に合わなくなるだけじゃなく、日本から2000㎞以上離れたこの場所から出られない…?

時間…現金…
どうにかならないかと考えているつもりで、何も思い浮かばない。
タクシーを見るも空港まで行けそうで、かつクレカが使えるそうな車両は全く見当たらない。
心臓は早鐘のように打ち、余りの緊張で手も震えだした。
まさに万事休す。

さらに言うと今回のそれは前回より事態は深刻だ。
そもそも現金の持ち合わせが少ない事に加え、代替手段もないからバスやタクシーのかわりに別の公共交通機関に乗るなども出来ない。
またもや、時間は刻々と過ぎる。

泣きそうな気持ちになりながら財布の香港ドルを確認する。
残りは10ドル札2枚に5ドル硬貨2枚、2ドル硬貨一枚、1ドル硬貨が3枚あった。合計35ドル。

タクシーなら少なくとも200ドルは掛かる。
足りない。
全く足りないのだ。

絶望の淵に今まさに落下しつつある暗黒の精神世界のまま、改めてバス停の料金表示を見る。
「空港までのバス、全区間乗車は32.5ドル」

え?
は?
ごめん日本語でおK?(ここは香港)
バスってそんなに安いの?

もう一度見る。
やはり一区間とかではなく全区間で32.5ドル。
「あっこれ足りる!!!!!!」

危うく私は「世界の中心で愛を叫んだケモノ」ならぬ「上水駅のターミナルでお金が足りると叫んだケモノ」になる所だった。
仮に叫んだとしても、その場にいる人は僕が叫んだ内容を誰一人理解できなかっただろうが。今日この瞬間ほど、神の存在、そしてその神による奇跡に感謝した日はない。
なぜなら財布の中にあった香港ドルは、5年以上前に会社の出張で香港、中国に行った際の残りで、今回何かの足しに、と思い、たまたま集めて持っていたからである。

時間は9時を少し過ぎたところ。
次に一番早く出るバスは9時10分頃になるはず。
先に得た情報の通りなら、このバスは50分〜1時間ほどで空港に到着する。
迷ってる時間はない。バスに乗ろう。
これを逃すと、本気の本気で後が無い。

大雨の中待つこと15分ほど。
電光表示に「A43 香港機場」の行先表示がされたバスが停車場にやってきた。僕はギリギリ手元にあった中から33ドル分を、大雨で濡れたプラスチック紙幣が投入口に張り付くのを押し込むように投入し終えて、A43バスに乗り込んだ。
(余談だが、香港バス料金の現金投入口は入れたお金を運転手が直接見るアナログな確認方法で、おつりは出ない。利用される方は事前に準備してオクトパスカードを利用するのが便利です。)
50セント硬貨は持ってなかったので33ドル入れたが、特に何も言われなかった。

A43のバスに乗った僕は2階に上がり(香港の大型バスは二階建てになっているものが多い)、次の停車場が表示されるモニタの真ん前の席に座った。
たまたまその席しか空いていなかったからだが、結果的にそれは心理的な負担を和らげるのに大変に役立った。

不安なままの僕を載せたバスが、ゆっくりと走り出す。
出発は9時10分頃だったので、途中で何の滞りも無ければ、そしてネットで拾った所要時間の情報が正しければ、だいたい10時を少し回った頃には香港空港に到着するはずだ。
当初予定より1時間押しだけど、チェックインや出国審査などの時間は充分あるだろう。

しかしこの時点でも、実は飛行機に間に合う確証はまだない。

一つ心配だったのは、バス停の停車駅表示がいまいちよく読めず、停車場が大量に書かれたコースだったこと。
「もしこんなに市内を回るなら、ほんの少しの渋滞や時間の押しで全然アウト」という気持ちが拭えず、思ったより早めに出発したバスがどこに停まるのか気が気ではなかった。
しかし僕の不安をよそに、バスは上水を出たらバイパス道に入り、高速に入ってぐんぐん走り始めた。
「あっこれもしかして高速バス!?停留場めちゃくちゃ少ないんじゃね!?」
と思うとあれだけ重苦しかった心がみるみる晴れやかになり、大陸から島に渡る橋の上では風景の写真も撮ろうかな、と思うほど余裕も出て来た。
実は、停留所にあった停車予定ルート一覧は、上水駅から「ではなく」出発地から全行程の停留場が記載されていたのだった。
上水駅から香港空港までのルートはほぼ高速道路で、インターチェンジと併設された停留所に3か所ほど止まった後、次の停車場として香港機場T1の名前が出た(停留所としては6か所目)。
その時は嬉しさで笑顔になり、涙が出るのが堪えられなかった。
かなり遠くからあれは空港設備か、この橋を渡ったら空港か、と期待感が爆発しそうになった。

車窓の景色を見ながら涙を流す、というのも、この先そうそう経験は出来ないだろう。いや、出来ればご勘弁願いたい。

香港空港のターミナル1には僕の考えた修正スケジュール(=これに間に合わなかったら日本に帰れない)とほぼ同じ、10時少し過ぎた辺りでバスは停留所に滑り込んだ。
何とか飛行機に間に合う時間に、香港空港に到着する事が出来た。
僕は無事にここまで来られたことに、心から安堵した。

香港空港のフリーWIFIで、まずは迷惑をかけた友人に無事飛行機に乗れることを、家族に予定通り帰る旨を、それぞれ連絡した。
友人は僕が香港に出境してからも心配してくれていたようで、「何に乗れた?タクシー?」「高速バス、結果的に安く済んだよ」「それはよかった」とやり取りをした。

香港空港のターミナル1では今日乗る予定のHKexpressがまさにチェックインを開始したところで、先にオンラインチェックインを済ませていた僕は流れの早い専用ラインに並び、サクサクとチェックインを済ませ紙のチケットを受け取った。
僕は今回預け入れ荷物もなく、バックパック一つで旅行に行ったのでチェックインも荷物検査も速攻通過し、先のSDゲートをものの数十秒で通過したら、あとは搭乗を待つだけになった。
こういうときに荷物が少ないと手続きが早い。
手荷物検査のレーンは今まで見たことも無いような数の人がごった返しており、係員に誘導されながら順番を待った。

これも余談になるが、香港出境の際に特定の国のパスポートを所持している人は出境審査が自動で出来るSD(Smart Departure)というサービスを受けられる。そして、日本はその特定の国に含まれている。https://www.immd.gov.hk/eng/services/echannel_visitors.html

香港空港は出境してから先も大変に広く、また免税店や飲食店もたくさんあるので何か食べようかとも思ったが、ガッツリ食事をするほどの時間の余裕はないので、とりあえずコーラとエビアンを1本ずつ買い、これを機内の腹の足しにする。
日本に帰ったら何でも好きなだけ食べればいい。

チケットに書かれている搭乗開始時間から余裕を持って指定のゲートに向かう。ゲート500番台は直接搭乗ではなく、バスに乗り込んでから移動、タラップを上り搭乗する形になる。
ぎゅうぎゅう詰めの電動バスに乗り、空港内を移動した後に少し小ぶりのエアバス機に乗り込んだ。
自分の座席に座って荷物をラゲッジスペースに入れ、ゆったりと座る。
これでやっと、無事に帰国できることが確定した。

飛び立った飛行機の中で襲い来る猛烈な安堵感と同時に、今回の超綱渡り状態になった理由を考え、反省し、どうすればよかったのか、また今後はどうすべきなのかを色々考えた。

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