見出し画像

フットボールが消えた日常

 もう3月になるのに、空は白く風は冷たい。
 久しぶりにランニングでもしようと思い立ち、有り合わせで支度をして家を飛び出した。
 はあ、はあ、はあ。やはり随分怠けてしまったツケが回って来たな。数分走っただけで息が上がる。
 こういう状況にならなかったら、運動しようなんて思い立たなかっただろうな。

 誰がこんなことを予想出来ただろう。
 本当なら今ごろ、スタジアムで声をからし、見知らぬ人とハイタッチし、いつもの店で、あるいはSNSでああでもこうでもないと、見知った仲間とチームについて談義をしていたはずだ。
 そんな、僕たちにとって当たり前だったはずの日常は、突然奪われた。

 今年に入って中国・武漢で発生した未知のウィルス、コロナウィルスは中国で多数の死者と体調不良者を出し、日本に入って来てしまった。
 未だに特効薬やワクチンも確実に効果があると言われるものはなく、回復してもまた再発の危機があり、日常生活に戻れる保障もない恐怖のウィルス。
 そのウィルスは、日本の社会を大きく変えてしまった。

 学校の卒業式が中止になった。
 イベントやコンサートは軒並み中止になった。
 街中からマスクやティッシュ、トイレットペーパーなど当たり前にあるはずのものが消えた。
 ディズニーやUSJも閉園になった。
 スポーツジムも閉鎖された。
 そしてレストランや居酒屋に行く人、旅行に行く人も減っていった。
 外国人は日本を恐れて入国しなくなった。
 東京オリンピックも開催が危惧され、開催の延期が検討されている。

 そして、Jリーグは日程が延期になった。来週から再開される予定だけど、はっきりはしていない。4月か、もしかしたらそれ以降になるのかもしれない。   当たり前にあるはずの試合が、週末にない。
 海の向こうでは試合が行われているが、それもわからない。感染者が多いイタリアはリーグ自体が休止になる危機だそうだ。
 僕たちの日常になくてはならない「フットボール」が消えてしまったのだ。

 仮に来週?いや4月?
 フットボールがある日常が帰ってきたとしても、おそらく以前の日々にすぐには戻れないだろう。
 鳴り物、大声のチャント、肩組みダンス、相手のラフプレーや微妙な判定、かつて仲間だった選手へのブーイング。それはすぐにはできないかもしれない。
 物々しい検査が行われ、ただただ声を押し殺した拍手と選手たちの声だけがスタジアムに鳴り響くのかもしれない。

 もしかしたら、あの日々は夢だったのか?
 初めてスタジアムに足を運んだ日。
 10数年振りにスタジアムを訪れ、ついに初勝利を見れた3年前のホーム岐阜戦。
 とても楽しかったけど敗戦に肩を落として帰った初めてのアウェイ遠征、湘南戦。
 プレーオフ進出に涙したホーム徳島戦。
 初めてアウェイで勝利したアウェイ栃木。
 運命の一戦となったアウェイ町田。
 三ツ沢のアディショナルタイムの歓喜の決勝ゴール。
 苦しいシーズンだったけど、勝利に震えたアウェイ甲府と水戸。
 消化試合になってしまったけど、爆勝で笑顔で現役を引退する大ベテラン、タムさんを送り出した最終節岐阜。 
 そして永遠のライバルを打ち砕き優勝の美酒に酔いしれたあの雨の日産…。

 いや、あれは現実だ。
 確かに僕たちの記憶に刻み込まれた、過去に本当にあった出来事だ。
 でもあの日々は、当たり前じゃなかった。
 何歳も上の人生の先輩たちや、ずっと歳下の若い子たちと、同じ話で盛り上がり、日常では決して出せない自分を出せるスタジアムという場所が、世界で一番大好きだ。

 もし、サポーターじゃなかったら?
 もし、フットボールに出会えていなかったら?
 一体僕は、どんな人生を歩んでいただろう。
 ここまで心から魂を燃やせる、自分の人生の貴重な時間を使っても決して惜しくないと思える、そんなものに出会えていただろうか。

 いいことばかり、あったわけじゃない。
 辛いことだってたくさんあった。
 悲しい別れも、仲間と意見が合わず相容れないこともたくさんあった。
 なぜこんなに悲しく苦しい想いをしてまで、僕はサポーターをやっているのか、そんなことまで思った。

 でも、サポーターじゃなかったら。
 人生の中のこの数年は無味乾燥なものとなり、
 こんなにたくさんの人たちと会話を交わし、心を通わせることはなかっただろう。
 今はただ、祈るしかできないけど。
 リーグ再開を目指し、今日も練習に励む選手たちを画面の外から見守ることしか出来ないけど。

 僕たちは「その時」を待っている。
 愛するチームに自分たちの魂を一つにして戦い合うフットボールに、僕たちは人生を乗っけているんだ。
 笑われても、馬鹿にされてもいい。

 僕たちが生きる道は、サポーターだから。
 今はただ、想いを馳せる。
 スタジアムで、みんなと笑顔で再会できるその日を信じている。
 ただただ、待ちわびている。
 勝利のためチャントを歌い、ゴールを呼ぶために騒ぐあの日が、一刻も早く来ることを…

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?