いろとりどりの真歌論(まかろん)  #5 三条院

心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな


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 基本的に、凡人は長生きをしたがる。そして、この世の何よりも自分の命のほうが大切だと思う。――とすれば、三条院は凡人ではない。(まあ、天皇だったしね)

 初句の「心にも」がまず、すごい。「心にも」なんてワードで和歌を開始することはまずない。しかも、「心にもあらでうき世にながらへば」だ。長生きしたいなんて思いはすでに放棄していると575でいきなり主張してくる。全力で世を捨てにかかっておいて、残りの77で何を主張することがあるんだ、こんなものと釣り合いがとれるような何かがあるのか、とはらはらさせておいて、出てくるのが「恋しかるべき夜半の月」だ。シンプル。シンプルだがこれ以上のものはない。

 生きることさえ放棄した人間に、心残りがあるとすればこの月。一般的に命は重いものと思われている。そのイメージを利用して命ではなく、月を引き立たせる。人間至上主義な現代人には出てこない発想だ。

 夜半の月、ということは、新月手前だろう。浮世に長らえた月は欠けきって、また満ち始める。自分の体を構成する物質は、自分の死によって解き放たれ、また別の命の肉体を構成する物質となる。

 この美しい月の下にあるべき命は、自分のものでなくたっていい。生きている瞬間でさえ、酸素や二酸化炭素を通じて自分の一部が世界となり、世界の一部が自分になっているのだから。

☆初句……ショク。57577の最初の5のこと。ここでは「こころにも」の5文字。


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