静寂の村
浅田リョウは、ジャーナリストとして知られざる土地や伝説を取材することを生業としていた。今回の目的地は、山間の奥深くに位置する「無声村」だった。この村は、住民全員が音を発さず生活しているという奇妙な噂が広まり、リョウはその真相を突き止めるために足を踏み入れた。
山道を車で走り、村に到着したリョウは、まずその静けさに圧倒された。鳥のさえずりすら聞こえない。まるで音そのものが吸い取られてしまったかのようだった。
リョウは車を停め、村の中心部に向かって歩き始めた。道を進むにつれて、数人の村人が目に入った。しかし、彼らは無言でリョウを見つめるだけで、何も言わない。リョウは不安を感じつつも、村のリーダーを探すことにした。
村の中心に位置する大きな建物にたどり着いたリョウは、そこで村長の中山タケシに出会った。中山は年老いた男性で、リョウに手招きして建物の中に招き入れた。
室内に入ると、中山は紙とペンを取り出し、「音を立てないように」というメモをリョウに見せた。リョウはうなずき、中山が書き始めた説明に目を凝らした。
「この村には『静寂の怪物』が潜んでいる。音を立てると、それが現れる。だから、私たちは一切の音を立てないように生活している。」
リョウは信じられない気持ちで中山を見つめたが、その真剣な表情から冗談ではないことを悟った。リョウは筆談で質問を続け、怪物の詳細を聞き出そうとした。
「怪物はどんな姿をしているのですか?」
中山は一瞬ためらった後、震える手で書き加えた。
「怪物の姿を見た者はいない。ただ、音を立てた者は二度と戻ってこない。」
リョウは背筋が凍る思いだった。しかし、ジャーナリストとしての好奇心が勝り、さらに深く調査することを決意した。中山は村の規則を説明し、リョウに警告を与えた。
「日没後は外に出ないこと。音を立てないこと。」
その夜、リョウは村長宅に泊まることになった。窓から外を眺めると、村全体が闇に包まれていた。音のない静寂が、まるでこの村を守る結界のように感じられた。
しかし、リョウは不思議な音を耳にした。かすかに響く足音。彼は好奇心に駆られ、音の正体を突き止めるために外に出た。村の規則を破ることへの恐怖を押し殺し、彼は足音の主を追った。
村のはずれにたどり着くと、そこには一人の女性が立っていた。彼女はリョウに向かって口を動かしていたが、音は一切出ていなかった。リョウは彼女に近づき、口元を読むことで彼女の言葉を理解しようとした。
「助けて…」
彼女の目は涙で溢れていた。リョウが何を助けるべきか尋ねると、彼女は手に持っていた古びたノートをリョウに差し出した。ノートには、この村でかつて起こった出来事が記されていた。
何十年も前、村では祭りが行われていた。祭りの最中、突然の地震が村を襲い、地中から巨大な生物が現れた。その生物は音に反応し、村人たちを襲い始めた。生き残った村人たちは恐怖のあまり、音を立てない生活を選んだのだ。
リョウはそのノートを閉じ、女性に感謝の意を示した。彼女は微笑んで頷き、闇の中に消えていった。
次の日、リョウは村の図書館に足を運び、さらに調査を進めた。古い書物や記録を読み漁り、怪物についての手がかりを探した。やがて、一つの仮説にたどり着いた。
怪物は、音に敏感な古代の生物であり、音を立てることで目を覚ます。村人たちの静かな生活が続く限り、怪物は休眠状態に留まる。しかし、音が増えれば増えるほど、怪物は活発化し、村を再び襲うのだ。
リョウはこの仮説を村長の中山に伝え、対策を講じるように提案した。中山は真剣に耳を傾け、村全体に警告を発した。夜が来る前に、村人たちは一層の注意を払うように心がけた。
しかし、その夜、再び村に足音が響いた。リョウは警戒しつつ、音の発信源を探りに行った。彼は村の中央広場にたどり着き、そこで見た光景に驚愕した。
広場には、かつて助けを求めていた女性が立っていた。彼女は大声で叫び、音を立てていた。リョウは叫び声を止めようと駆け寄ったが、女性は泣きながら言った。
「私の家族を返して…」
その瞬間、地面が揺れ始め、巨大な影が現れた。リョウは女性を守るために立ちはだかったが、怪物の姿を見た瞬間、恐怖に凍りついた。
怪物は音に敏感で、目を覚ました瞬間から村を襲うことを知っていたリョウは、咄嗟に決断した。彼はポケットからスマートフォンを取り出し、最大音量で音楽を流し始めた。
「こっちに来い!」
怪物は音楽の音に反応し、リョウに向かって突進してきた。リョウは音楽を流しながら走り、村の外れに怪物を誘導した。追い詰められたリョウは、最後の力を振り絞り、崖から飛び降りる瞬間、スマートフォンを空に投げた。
怪物は音楽に引き寄せられ、崖から落ちていった。リョウは息を切らしながら、崖の端にしがみついた。その時、村人たちが駆けつけ、彼を引き上げてくれた。
リョウは命を賭けて怪物を倒した。しかし、その代償は大きかった。彼は右腕を失い、心に深い傷を負った。それでも、村は再び静寂に包まれた。
リョウは村を離れ、再び都会の生活に戻った。だが、彼の心には静寂の村の記憶が刻まれていた。そして、彼は静かに誓った。あの村の静寂を守り続けるために、彼の物語を誰にも語らないことを。
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