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デジタル時代の業務改革のマインドセット~業務をデジタル化するために業務から離れる

これは現在のコロナ危機が始まる前からのトレンドだが、ここ1、2年で業務・サービスのデジタル化に着手する省庁や自治体が増えてきている。先日ある自治体から、これから業務のデジタル化の方針を立てるのでアドバイスがほしいとの相談があった。主に、デジタル化のビジョンとアプローチを定め、具体的なアクションやスケジュールを含めた計画を定めたいとのこと。その業務をコンサルタントに委託したいので業務仕様書をレビューしてほしいというものだった。見せてもらった仕様書は非常に良くできていた。過不足なく、緻密で、整理が行き届いている。こういうドキュメントを見ると、元役人の性かもしれないが、ホッとする。このプロジェクトが大組織特有の隘路に陥らないことを願う。というのも、大組織には特有の“引力”が働く。どんなにスタートの理念が素晴らしくても、堕落する方向に吸い寄せられるのである。本稿では、かつて筆者自身が中央官庁や数万人規模の企業で悪戦苦闘してきた経験を踏まえ、そうした引力に対抗するための戦略を論じたい。


大きな組織に属していると、今の業務を変えようとして、今の業務の課題から出発してしまいがちである。それのどこがまずいのか。業務の課題を洗い出し、そこから効率化の方策を立て、計画に落とし込んでいく、といった手順を踏んでいくと、その業務を見えないところで縛っている思い込みやバイアスから逃れられず、狭いアイデアしか出てこないのである。さらに、それを実行する段になると一層発想は萎んでゆく。人は誰しも自分の目に映ることにしか関心はない。役人の目線に合わせてしまうと、皆が目先の業務効率化と改革に伴う負担増の回避に関心を集中させてしまう。結果、当たり障りのない改革メニューばかりに収れんしていってしまうのである。最悪の場合、投資対効果に見合わなくなり、失敗に終わる。実は筆者自身も過去、まさにこうした経験をしている。


これは簡単に解決できる問題ではない。外部の知見を借りればできるというものでもない。外部のコンサルに依頼すると、ベストプラクティスなるものを持ってきて、そこに掲げられた美しい理念とアプローチ、それを実行したことによる鮮やかな成果が示されるだろう。しかし、役人にはピンとこない。そこで示されるアジリティやらケイパビリティやらビジュアライズやらといった横文字を並べられても、それは役人が期待するものではないからである。役人が期待するのは、目の前の業務の負担軽減であり、日頃、心を痛めている地域の課題の解決である。


こうした発想の限界を克服し、デジタル化の成果を上げてゆくには様々な仕掛けが必要である。なかでも重要なのは、改革の目的を業務効率化に集中させない、ということであろう。およそ世の中の改革で、全ての構成員が満足するものなどあり得ず、必ず一部にしわ寄せが来る。そこには目を瞑ったうえで、組織全体としてトータルでプラスの効果が出るならば善しとしなければならない。その際、反対を乗り越えるためには、業務効率化以外で、軸となる、より上位の目的意識が必要である。それは自治体の存続のための財政再建でも良いし、つらい状況にある住民のためのサービスの維持でもよい。大事なことは、現場業務の負担軽減という価値に加えて、これを超える価値を定義し、裏付けを与え、ストーリーを紡ぎだすことである。それは理念として掲げるだけでは不十分であり、具体的な施策に落とし込み、KPIを設定しなければならない。そこまでお膳立てをして初めて、改革に迫力が出てくる。業務を改革するためには、いったん今の業務から離れなければならないのである。その上で、業務効率化に回帰し、(大部分の職員は)業務効率化の恩恵に預かれることを明確に示していく。


業務を離れるというのは、もちろん意識の問題である。それは、書籍を読むだけでも、インターネットを検索するだけでも、馴染みのベンダーの意見を聞くだけでもダメである。外に出ていって、人に会わなければならない。直接会えなければ、オンラインや電話でコミュニケーションを取らなければならない。外の空気を吸い、新しい世界を知って始めて、業務を離れた視点を得ることができる。それは職員自身が行わなければならない。それを続けていれば自ずと、今まで発想できなかった解決策や新しい技術に邂逅することになるだろう。外部のコンサルタントの知見を借りてもよいが、最終的な解は職員自身が探し出すしかないのである。優秀な職員は常に忙しい。しかし、内部の業務を変えたければ、まずは外部に出て、世界を知ることだ。

(E.K.)

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