前世が魔王だったことを思い出して最強の力を得たけど、そんなことより充実した高校生活を送りたい 十二話


「てめえが本物だオラァ!」

 俺はなんとなくそれっぽいと思った一人の腹をパンチした。

「ほがっ!」

 俺に腹を打たれたダンタリオンが地面に膝を着くと、他のダンタリオンは消失した。

 もったいない、一人くれ――とは思わない。思うヤツいるのかな?

「な、なぜ……? マグレに決まっている! 今度こそ!」

 口元を拭いながら、ダンタリオンは再び増えた。今度は十人になった。

「てめえっぽいぞ! どりゃあっ!」

 多分こいつかなぁと感じた一人にローキックをかました。

「いったぁー!」

 キックを食らったダンタリオンはふくらはぎを押さえながらしゃがみ込む。

 他のダンタリオンは消えた。どうやらまた正解だったらしい。

「な、なんでオレの幻術を見破って攻撃を当てられるんだ!?」

「勘だよ」

「勘でここまで正確に見破られてたまるか! ウソつくんじゃねえええっ!」

「しょうがねだろ、わかっちゃうんだから!」

 ふざけた言いがかりをつけてくるなんて。とても失礼なヤローである。

「ぐっ、くそぉ……想定外だ……こうなったら奥の手を使うしかねえ……」

 ダンタリオンは懐から一冊の本を取り出した。

 ちらっと見えたが、星占いのハンドブックのようだった。

 占いが趣味なのかな……?

「ヘアッ!」

 ダンタリオンはそう叫ぶと、右手に持った本を頭上に掲げた。何をしようってんだ?

「デエェェイヤァァァアァッ!」

 雄叫びとともに、ダンタリオンの背中から黒い蝙蝠のような翼が飛び出した。

 こ、これは……!? 翼だけではない、肌の色も青紫色に変色し始めた。さらに大胸筋や僧帽筋、三角筋に大腿四頭筋、その他すべての筋肉が大きく膨れあがってダンタリオンは別人のような肉体に変貌を遂げていく。

 やがて、パンパンに盛り上がった胸の真ん中から青色に輝く水晶が隆起してきたところで彼の変身は終わった。

「まさか、オレ様に悪魔の姿をさせるとはな。だが、この姿になった以上、お前に勝機は一ミリたりともなくなった!」

 段田マッスル君になったダンタリオンはやや高くなった身長から俺を見下ろしてそう言った。

「お前、その身体だと強くなるのか?」

「おうともよ!」

「さっきの人間の姿よりも頑丈なのか?」

「当たり前だ! 今までのヌルい打撃がこの状態のオレ様に効くと思うなよ? 魔界にいた頃ほどではないが、肉体の強度は地球のいかなる兵器も通用しないレベルだ!」

「ふうん、じゃあそこそこ強い魔法を食らっても即死とはならないわけか」

 俺はなるほどと頷く。

「はんっ、あれっぽっちの魔法しか使えないやつが、ソロモン72柱に名を連ねるオレ様に通じる魔法なん――ダボへッ!?」

 俺は衝撃波的なものをダンタリオンに食らわせた。

 江入さんの鎧を壊したのと同じやつね。若干威力は弱めたけど。

「馬鹿かお前は? 最初の魔法は人間を相手にするんだから力を抑えてたに決まってるだろ?」

「力を……抑えていただって……!?」

「今のお前は悪魔並みの強度らしいから、本気とまではいかないが少し強くしておくぞ」

 俺は鋭い視線でダンタリオンを見つめながら使う魔法を選ぶ。

「く、クソッタレがああああああ!」

 ダンタリオンが叫びながら指をパチンと鳴らした。

 すると俺の足下がグラグラと揺れ、ライブ会場の床がバラバラと崩壊を始めた。

 左右からは炎の柱が噴き出してくる。

「これは……」

「ハハハハッ! 奈落の底に落ちていけッ!」

「…………」

 俺がパーンっと柏手を打つと、足下の崩壊は止まった。

 炎の柱も消え去り、崩れていた床も何事もなかったかのように元の状態に戻っていた。

「ど、どうやったらオレの幻覚をそんなあっさりと打ち消せるんだよ!?」

 ダンタリオンは困惑の声を上げる。

「気合いだ」

「オレはマジメに訊いてるんだっての!」

 こっちだってマジメに答えているというのに。失敬な男である。



 その後、俺は魔法でダンタリオンをボコボコにした。

 あいつもいろいろ使ってきたが、俺が焦るほどのものはなかった。

 地べたに這いつくばるダンタリオン。

 彼の胸元にある青かった水晶が赤くなってピコンピコンと点滅し始めた。

「ちいっ……ここまでか……」

 ダンタリオンがそう呟くと、彼の筋肉は急激に萎んでいき、最初に会ったときのマッスルサイズに戻った。

「ありゃ? もう元の姿に戻るのか」

「悪魔の姿に戻れるのは三分間だけだからよ……。魔素が少ない地球の環境じゃ長くは活動できねえんだ」

 活動限界ってやつか。俺はいくらでも昔の力が使えるけど、悪魔は制約があるみたいだ。

「オレ様がここまで一方的にボコボコにされるとは……。さすがは魔王を自称するだけのことはある。だが、オレは負けるわけにはいかねえのよ」

「魔王だったのは自称じゃなくて事実なんだけどね……」

 ダンタリオンには魔王といえば悪魔の王という固定観念があるようだ。

 俺が魔族の魔王だったことを理解してもらうためには別の魔王があるということを彼に根気強く説明しなきゃいけない。

 それは非常に億劫なので俺はまあそのままでいいかと結論を下した。



 ダンタリオンは悪魔形態を維持できなくなっても戦い続ける意思を示していた。

 あんまりやりすぎて命を奪うようなことはしたくないんだが……。

 一応、今は段田理恩という人間として生きてる存在みたいだし。

「もう諦めろよ。お前は俺に勝てない」

「そんなことあるか! 諦めなきゃ可能性は――」

 次の瞬間、最初にダンタリオンが座っていたステージ上の玉座から音楽が流れてきた。


 パワッハラッ♪ パワッハラッ♪ パワフルでハラハラ~♪ ふたりは! パワッハラ~♪


 どうやらスマホの着信音のようだった。


「…………」

「…………」


 ユアスーツ! マイスーツ! 生きてるんだから欠勤なんて『めっ』でしょ~♪


 これは……女児アニメ、『ふたりはパワハラ』の曲だ。昔、妹が見てたっけ……。

「電話、出たら……?」

「い、いいのか?」

「ああ、どうぞ……」

「じゃあ、ちょいと出させてもらうわ……」

 ダンダリオンはいそいそとステージに上がり、椅子に置いてあったスマホを手に取る。

「ハイ、モシモシ」

『やっと出た! ちょっと! 兄さん、今日はキャッサバを買ってきてって頼んだでしょ! 早く帰ってきてくれないと夕飯の支度ができないじゃない!』

 電話の向こうから女の子の怒鳴る声が聞こえてきた。

「あ、うん……ごめん、ちょっと今は立て込んでて……え? いや、うん、友達……そう、友達といろいろあってさ……」

「…………」

 俺は何を見せられているのだろう。

「え? 一緒にいるけど……は? 挨拶がしたい? それはちょっと……いや、違うよ。いじめられてるわけじゃないから、大丈夫だから……」

 何やら言い訳じみたことを電話先の相手に述べている。ややあって――

「あの、少し妹と話してもらってイイですか?」

 ダンタリオンは縋るような瞳でそう言ってきた。

 ドレッドヘアのくせにうるうるした目をしてくんじゃねえ! 

 いや、ドレッドヘアという髪型を否定するわけじゃないけど。

「仕方ないな……」

 同じく妹がいる身として、何となく無下にできなかった。

 先程のやり取りを見る限り、恐らくダンタリオンは妹のことをそれなりにちゃんと家族として見ているようだし……。


「ハイ、代わりました、ともだちです……」


 俺はなぜか段田理恩の友達として彼の妹に挨拶をした。



 段田理恩の妹は急に髪型が変わってファンキーな性格になった兄のことが気がかりだったようで、何か事件に巻き込まれているのではないか? 悪い人間にそそのかされているのではないか? など、いろいろ熱心に訊いてきた。

 まさか中身が悪魔になってますとは言えない……。答えには相当苦心した。

「ええ、はい……それは……うーんと……」

 どうにかこうにかはぐらかし、最終的に俺は自分に正直に生きることにしただけだと思うから見守ってあげてと言っておいた。



 通話が終わったのでダンタリオンにスマホを返す。

「どうやらデカい借りができちまったようだな」

 スマホを受け取りながら、ダンタリオンはフッと笑った。

 こんなのが貸しだと思いたくないんだが……。

 レンタルフレンドかよ。借りっていうなら時給とか請求しちゃうぞ?

「妹のヤツは段田理恩がいじめられていたことをすげー気にしてたからよ。今はそういう対象じゃないって疑いなくいてもらいたかったんだ」

「お前、段田理恩の妹のことを割と大事に思ってるんだな」

 俺が言うと、ダンタリオンはそんなんじゃねえよと否定した。

「この身体の本当の持ち主、段田理恩は強くなりたいとオレに願った。だが、その願いの根幹は妹に安心してほしい、心配をかけさせたくないって想いからだったんだ。だからオレは契約した悪魔として段田理恩を強い存在にするだけじゃなく、妹の心の平穏も守ってやらないといけないわけよ」

 いや、不良として好き放題やってることで妹さんに別の心配かけてると思うけど……。

「それはそれなの。弱っちいせいで不安にさせなきゃいいの!」

 適当だなぁ……。

「そもそも、なんで悪魔の公爵様が人間の身体に入ってヤンキーごっこしてんだよ」

「ああ、それは……オレはちょっとした手違いで地球に来ちまったんだが……」

 一年程前、地球にうっかり迷い込み、魔界とは違う環境に適応できなくて弱っていたダンタリオンは偶然瀕死の重傷を負っていた段田理恩を見つけた。

 そのときの段田理恩は、ダンタリオンが介入しなければ全快の見込みがないほどの状態だったらしい。

「どうやら理恩は駅の階段から落ちそうになっていたベビーカーを見つけて咄嗟に助けようと飛び出して、そのまま一緒に落下しちまったみたいでな」

「ええ……ベビーカーの子供は無事だったのか?」

「もちろん無事だったさ! 理恩が身を挺して庇ったからな!」

 ドヤ顔でダンタリオンは言った。なんでこいつが誇らしげなのだ……。

「理恩は他人に強く出られないせいでいじめられていたみたいだけど弱いやつじゃねえんだ。自分の身を省みず誰かのために突っ込む度胸があった。オレは理恩のそういう内に秘めた根性が気に入ったわけよ! 軟弱そうだが、意外と見所があるやつだって!」

 段田理恩を気に入ったダンタリオンは彼に契約を持ちかけた。

 願いを言え、自分と契約すれば命は助かり、願いも叶える、そう言って。

「で、あいつは強くなりたいとオレに望んだ。願いを叶える条件にオレが提示したのは、オレに身体を貸して一つになれってコトだ。オレも魔素が薄い地球で力を蓄えるには人間の器が必要だったからよ。お前が訊いてきた『乗っ取ったのか?』って疑問は半分正解で半分不正解だ。今の状態は同意の上だし、理恩の魂が回復したらあいつも表に出てこれるようになるからな」

 強くなりたいっていうのは不良のボスになるとか、そういうことじゃない気がするが……。

 まあ、悪魔は願いをちょっとズレた解釈で叶えるって聞くから仕方ないのかな。

 本物の段田理恩君が表に出てきたときにだいぶ困惑しそうだけど。

 自分で契約して、死んでいたところを助かったんだから、そこは甘んじて受け入れて頑張って欲しい。

「妹のヤツも、最初の頃はどう接したらいいのかわからない感じで遠慮したよそよそしい態度だったが……。さっきの電話の声、聞こえたか? 最近じゃ、ああやってズケズケものを言ってくるようになったんだぜ。それは変に気を遣わなくてもいい、本音で語り合っても平気な相手だって段田理恩を認めたってことだろ? 理恩は……憐れまれるのが一番つらいって言ってたからよ」


 ダンタリオンは――しみじみと感情のこもった声でそう言うのだった。


「オレは理恩の願いを叶えて力を取り戻し、魔界に帰る。理恩は願いを叶えて身体も回復して健康になれる。オレたちは互いにウィンウィンの関係ってわけさ」


 まあ、こいつのなかで線引きみたいなもんがあるならやはり介入しないでおくのが正解なのだろう。これはきっと段田理恩とダンタリオンの問題だから。



「あーあ、しかし、なんか白けたな? 続きをやるって雰囲気でもなくなっちまったぜ」

「まあ、そうだな……」

 着信のアニソンで俺も力が抜けた。

 恐らく、アレは元の人格である段田理恩君の趣味なのだと思われるが。

「とりあえず今回はお前の勝ちってことで終わらせてやるよ、借りもできたしな」

「あっそ……」

 もともと勝敗は着いていたに等しかっただろとは突っ込まない。

 理由は一つ。めんどくせーからだ。



「段田君……?」

 寝ぼけたような声が床のほうから聞こえた。

 ダンタリオンの子分の一人が眠りから覚めたようだった。

 マウンテンハットを被っているからアレは右腕のゴムだな。

「悪い、見ての通りだ。オレは負けちまったよ」

 ダンタリオンは負けたにしては爽やかな表情でゴムに告げた。すると、

「うわああああ…………」

 ゴムは号泣し始めた。

「泣くな、ゴム。男だろ?」

「段田君……! だって…………服が!」

 そう――あえて何も触れていなかったが、悪魔形態になって身体が膨張したダンタリオンの服は下着のパンツ一枚を残して弾け飛んでいた。

 よって、彼はパンイチ。ほぼ裸状態なのであった。

「安いもんだ、服の一枚くらい……」

 ニヒルな態度で言ってのけるダンタリオン。いや、一枚どころじゃないと思うけど……。

 むしろ一枚しか履いていない。


「とりあえず、負けを認めたなら鳥谷先輩や風魔先輩を狙うなよ。というか、今後は馬飼学園に何もしてくんなよ?」

「ああ、わかったぜ……」


 後日、自分のシマと女にちょっかいを出されそうになった新庄怜央がブチギレ、段田理恩を全裸に剥いて謝罪させたという話が不良界隈で広まるのだが――

 そんなことは微塵も知らない俺だった。



「はあ、疲れた……」

 どうにか事態を丸く収めることに成功した俺は、祝勝会をやろうと提案してきた花園三人衆の誘いを断り帰宅。

 自室に入ると、江入さんが俺のノートパソコンでユーチューブの動画を見ていた。

 何見てるんだろ。

 宇宙人が興味を示す動画とはどんなものなのか。

 少し気になって覗き込む。

「…………」

 画面にはピザを食べながらジムのトレーニングマシンを使っているおっさんが映っていた。

「それなに……?」

 俺が訊ねると、江入さんは画面を食い入るように見つめたまま――

「プラネットフィットネスの紹介動画」

 簡潔にそう答えた。

「面白いの……?」

「是。特にピザイートクランチと無負荷クランチの部分は何度見ても癒やされる」

 これ、癒やしを目的に作られた動画なのか……? もしかして宇宙を感じるのかな?

 プラネットってついてるし。

 帰れなくなった宇宙を少しでも感じていたいとか、そういうことなんだろうか。


 その後、風魔先輩から『キックアスという映画がオススメだ。ぜひ今度見て欲しい』というメッセージが送られてきたので適当に返信して俺は寝た。

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #転生 #魔王 #勇者 #高校生 #ライトノベル #学園 #異能力 #チート #主人公最強

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?