ダブル・No.シックス Doppelsechser(ドッペル・ゼクサー)

 「ダブル」が、ドイツ語のDoppelに当たり、このDoppelは、「二重」という意味で使われる言葉である。Das Doppelと中性名詞化すると、「写し、(スポーツの)ダブルス」の意味であるが、何かの名詞や形容詞の前に合成用語としても使えるものである。「Doppelgängerドッペルゲンガー」は、日本語にもなっているので、聞いたことがあるかもしれないが、霊魂が肉体から分離し、ある人間の生き写しの姿でもう一人現れる現象を言う。

 サッカー用語である、「der Doppelpassドッペル・パス」も同様な複合名詞で、プレーヤーAが、まず、プレーヤーBに鋭くパスをし、相手側のプレーヤーを抜いたプレーヤーAにプレーヤーBが時宜を見てパスを返すプレーが、その典型的な例である。プレーヤーAからもらったボールをプレーヤーBが、すかさずプレーヤーCにパスをするプレーも、そのヴァリエーションである。

 「No.シックス」は、フランス語のサッカー用語にもある言葉であり、サッカー・プレーヤーの、あるポジションを表すものである。そこがどこのポジションなのかは、のちに触れるが、まずは、ここで数の6を、ドイツ語でsechsということを記しておこう。「sechs」という言葉は、語頭音のs字を「ザ行」音で、綴り字のchsを、「クス」として発音する。

 die Sechsと大文字にすると、数字の6が付いたものを表し、トランプの6のカード、賽の目の6、あるいは、例えば、市電の6番などを意味する。これに、-erを付けると、男性名詞となり、der Sechserデア ゼクサーとなり、例えば、宝くじで、6個の数字をすべて正しく予想して、大当りとなった場合にもこの言葉を使う。また、上に述べたように、サッカー用語としても使われ、サッカー・プレーヤーのあるポジションを言う。のちの説明のため、Achterアハター(「ハ」音は喉の奥で枯らすように発音)、Zehnerツェーナー(綴り字のhは、長音記号)もここで書いておこう。それぞれ、No.エイト、No.テンの意味であり、共にサッカー用語である。

 筆者は、サッカー、つまり、ドイツ語のder Fußballフース・バル(「フットボール」からきており、綴り字のßは、エス・ツェットといい、常に清音の「サ行」音で発音する)の、いわゆるファンではない。ではあるが、ワールドカップ(WMヴェー・エム:Weltmeisterschaft)やヨーロッパカップ(EMエー・エム:Europameisterschaft)の時や国際親善試合の時にはテレビでフース・バルを見たりはする。その程度の知識であるが、テレビ観戦時に聞きかじったドイツ語のサッカー用語を今日はここで若干説明してみたい。

 フース・バルだけではなく、あるスポーツの行なわれる場所、コートでも、フィールドでもいいのであるが、その場所を、Spielfeldシュピール・フェルトという。das Feldには、色々な意味があり、「野原、畑、戦場、領域」などの意味がある。

 フース・バルのSpielfeldを考える場合、まずは、前衛・後衛、内側(センター寄り)・外側(サイドライン寄り)で分類するとよい。前衛の攻撃用のプレーヤーを、Stürmerシュテュrルマー(「突撃する者」)、後衛の守備用のプレーヤーを、Verteidigerフェアタイディガー(「防衛する者」)という。

 とりわけ、Verteidigerの場合、現今の主流のトレンドが、Verteidiger4人に一つの「Ketteケテ:鎖」を作らせて、ディフェンスさせるので、センター寄りのVerteidigerを「内側のVerteidiger」、サイドライン寄りのVerteidigerを「外側のVerteidiger」という。将棋で言えば、王将を守る、左右の金将と銀将ということになるであろうか。そして、相手チームのStürmerと互角に戦わなければならないのが、左右の金将、すなわち、「内側のVerteidiger」である。

 一方、前衛と後衛の間のフィールドが、Mittelfeldミッテル・フェルト(「中間のフィールド」;日本語では「中盤」)で、ここをポジションにしている選手たちをMittelfeldspielerミッテル・フェルト・シュピーラーという。以下、MFSと略すが、Spielとは、「遊び、ゲーム」の意味であり、直訳すれば、「Spieler」とは、「遊び人、ゲーマー」となる。
 
 こうして、Verteidiger、MFS、Stürmerを構成要素として、基本的陣形ができる。これを、Formationフォrルマツィオーンという。例えば、Verteidigerが4人、MFSが4人、Stürmerが2人という感じである。これを、簡略に表記すると、4-4-2となる。ゴールキーパーは、一人と決まっているので、これをわざわざ表記する必要がないが、敢えて表記すると、1-4-4-2となる。なお、ゴールキーパーは、ドイツ語で「Torwartトーア・ヴァルト:門の番人」という。という訳で、ゴール得点を、「Tor:トーア」と呼んでいて、ゴールが入った時など、テレビの実況中継でアナウンサーがマイクに向けて、「Tor, Tor, Toooooor!」などと絶叫する声をよく聞く。

 この基本的陣形Formationが、プレーヤーの位置を静態的に捉えたものであるとすると、これを動態的に捉えると、Spielsystemシュピール・ズィステーム(「ゲームのシステム」)となる。更に、ある対戦において、相手方の陣形・戦術、味方の持ち駒、スタジアムの状況、天候などを考量に入れた、各対戦毎の作戦の大まかなコンセプトを、Spielkonzeptシュピール・コンツェプトと呼ぶ。同じフォルマツィオーン4-4-2でも、SpielsystemやSpielkonzeptで選手の動きが違ってくるのである。

 このFormationの在り方を歴史的に見ると、その変遷の歴史が、Verteidigerで、4人か3人かの違いがあるのを除くと、基本的に、Stürmerが最初5人いたものが、次第にMFSの人数が増えて、MFSが4人、5人となっていった変化であったと考えることができる。つまり、中盤でゲームをコントロールし、中盤で、相手の攻撃を封じ、自分の攻撃を構築することが重要視されてきたということである。

 ということで、説明がしやすいので、フォルマツィオーンを4-5-1で考える。その上で、MFSの5人をいかにポジションに付け、戦術を練るかが要になってくる。この点で、まずオーソドックスなのは、両サイド・ラインを相手方のエンド・ラインまで上がったり、守備のために自陣に戻ったりする「外側の」MFSを左右に一人ずつ付けることである。彼らは、将棋で言えば、縦に動く「飛車」に当たる訳で、外側のVerteidigerとペアを組んで、「外側の」MFSが敵陣に直線でなだれ込んで、コーナーからセンターにボールを上げようと(これをFlanke:フランケという)すれば、外側のVerteidigerも敵陣に上がって、彼をカヴァーするという具合である。他のポジションの選手もそれに対応するように動く。

 さらに、センターにいる、残りの3人のMFSを便宜上、縦一列に配列し、一人をStürmerの後ろに、一人をVerteidigerのすぐ前に、そして更に、この二人のMFSの間にもう一人のMFSをそれぞれポジションに付けると、この3人がそれぞれ上から、上で述べたように、der Zehner(No.10、つまり「トップ下」)、der Achter(No.8)、der Sechser(No.6、つまり「中盤の底」)と名付けられるのである。そして、彼らには、プレーヤーとして、いわゆる、Spielmacherシュピール・マッハー(ゲームメーカー、いわゆる「司令塔:レジスタ」)の役を引き受ける資質が求められる。ゴールキーパーも入れて、このSpielsystemを簡略に示すと、1-4-1-3-1-1となり、これをゴールキーパーから数えていくと、4と3の間の1が、6番、3と最後の1の間の1が10番となる計算で、上の名前の付け方も納得いくであろう。

 der ZehnerにStürmer的要素を入れることも可能であるが、その場合は、シュピール・マッハーの役は、der Achterかder Sechserに回る。敵陣に近いほど、相手側のプレッシャーが厳しくなるので、der Achterに、より高いボールのキープ力と戦況を見る目、そしてパスの正確さが要求される。この点、der Sechserは、戦況を見る目、パスの正確さは同様に要求されるが、幾分相手側のプレッシャーがder Achterの場合より弱いので、若干余裕を以ってボールを配分できる。ゆえに、体格がそれ程なくてもこの役は勤まる。

 そして、このようなSechserタイプのMFSを持ち駒として二人持っている場合、ティーム監督(ドイツ語でTrainerトレーナーという)は、戦況に応じて戦術を自在に変えられるところから、DoppelsechserのSpielsystemも取れるのである。つまり、Formationとしての4-5-1が、Spielsystemとして4-2-3-1となる。この「2」のところが、Doppelsechserである。

 さて、ドイツのナショナル・ティームは、先週の2022年3月26日に対イスラエル戦を、今週の3月29日に対オランダ戦を戦った。両方とも国際親善試合であったが、対イスラエル戦は、格が違うので、勝ったのは当たり前として、対オランダ戦は、カタールでのWMが控えているので、親善試合とは言え、ドイツ・ティームは、力量試しと「実験」も兼ねて、大会中の試合での緊張感を持ってオランダのアムステルダムで戦い、前半0:1でリードした後、後半に1点取られて、1:1の引き分けで対戦を終えた。Elfmeter(エルフ・メーター:「11メートル」、つまり、ペナルティ・キック)をドイツが取られそうになったが、審判がヴィデオ・チェックで最初の判定を覆して事なきを得たというドラマティックな場面も後半にはあったのである。

 ドイツ対オランダ戦というと、ライバル関係でもあり、諸大会史上、「激戦」を戦ってきた歴史がある。ゆえに、対イングランド戦と同様に、対オランダ戦は、Klassikerクラスィカーの一つであると言われる。野球で言う「早慶戦」並みの、伝統のある、好カードの試合のことをいう。同様に隣国のライバル・ティームとの試合でもあり、そういう時には「Derbyダービー」戦という。ドイツ各地にあるフース・バル・クラブが、隣町のライバル・ティームと試合をする時にも、このような対戦を「Derby」戦と呼び、ライバル同士の対抗意識から試合は異常に盛り上がる。同様に、今回のオランダ対ドイツ戦も、得点は高くなかったものの、攻守の緊張感があった白熱した戦いとなった。

 このKlassikerの、プレスティージを賭けた試合で、ドイツのナショナル・ティームは、上で述べた、4-2-3-1のSpielsystemを採用したのであった。MFSの「ボス」と言われる主力選手が、ちょうど妻の出産のために試合に出られないことから、監督のH.Flickは、現19歳の若手で、「例外的テクニシャン」と評されているJ.Musialaを二人目のSechserに起用する「実験」を敢行した。そして、Musialaは、見事にこの試験に及第し、ドイツの得点につながるプレーを行なったのであった。この投稿でドイツ・サッカーに興味の出た方は、今後この名前をよく聞くことになろう。

 4月1日の日、カタールにおいて今年11・12月に開催されるWMで、どの国がどのグループで試合をするかのグループ分けの抽選会が催された。一グループにはヨーロッパの国は三カ国は入れないというのが条件の一つになっており、こと程さように、ヨーロッパでのサッカーのレベルは高い。

 そのレベルの高さを証明するように、ドイツ同様WMで4回優勝しているイタリアが、去年21年夏のEMで優勝したのにも関わらず、カタールWMの参加資格を獲得するためのグループ予備戦で敗退し、カタールへの「切符」をもらえず仕舞いになったのである。2018年と同様の、イタリアのナショナル・ティーム、別名Squadra Azzurra(「明るく鮮やかな青空色のティーム」)の「むごい」運命にイタリア国民は大ショックを受けていると言う。ヨーロッパのサッカー大国として、欧州予選を通らなかった国としては、イタリアの他に今回はスェーデンが挙げられるであろうか。

 そして、今回の組み合わせ抽選会では、現世界ランキング12位のドイツは、8グループ中のEグループとなり、グループ内の他の三カ国とベスト16を賭けて戦うことになった。前回のWMでは、ベスト16にもならなかった「恥辱」を今回はそそごうというのである。同グループ内での対戦国は、敗者復活戦で残ることになるコスタリカかニュージーランド、スペイン、そして、何と、日本である。グループ戦での緒戦を、ドイツと日本が11月23日に飾る予定である。

 また、スペイン・ティームはヨーロッパの強豪の一つである。そういう強豪をドイツ語では「金槌対戦相手」、また、そのような強豪が何ティームも入っているグループを「Hammergruppe:ハマー・グrルッペ、金槌グループ」という。ドイツは、対スペインには約1年半前の対戦で0:6と、ナショナル・ティームとして1931年振りの大敗を喫しているので、さて、このEグループで少なくとも2位になれるか。何れにしても対スペイン戦は、スペイン・ティームが、中盤でボールを回して攻撃のチャンスを狙うタイプなので、ここは、戦術対戦術の攻防となり、得点は余り入らないが、中盤での駆け引きが興味深い試合となるであろう。ドッペル・ゼクサー、つまり4-2-3-1のSpielsystemが功を奏するか、見ものである。

 最後に一言。オリンピック大会やWMなどの巨大大会を開催する意味が、去年、今年と問われている。去年の夏にコロナ禍にも関わらず強引に行なわれた東京オリンピックでは、国内で必要とされた医療従事者がオリンピックのために割かれ、また、その後、先進国では考えられない、コロナ患者の「自宅療養」という事態を招いた。今年の冬の北京冬季オリンピックでは、中国国内での香港やウイグルでの人権問題が、事実上不問に付された。カタールでのWMでは、スタジアム建築のために外国人労働者が低賃金で搾取され、建設現場で多数の死亡者も出ていると言う。スタジアム建設のための「人柱」が何人いたのかは、問われなければならない問題である。ドイツのナショナル・ティームの、嘗ての有力選手Toni Kroos(トーニー・クrロース;名MFSとして現歴代最多出場数9位に当たる、106回も国対抗の試合に参加)もこの点を厳しく批判している。フース・バルは、「世界で最も素敵などうでもいいこと」とドイツではよく言われる。この冷めたスタンスをT.Kroosは、元ナショナル・ティームのサッカー選手として体現していよう。

 これらの状況を鑑みると、巨大大会の開催権を「非民主主義」国家に付与すべきではないのではないか。また、大会の巨大化を避けるために、前回のサッカーのEMで実行されたように、開催地を10ぐらいに分散すれば、大会開催のためのインフラ整備に大金を掛ける必要もなくなるのではないか。コロナ禍と、プーチンによるウクライナ侵攻は、今までの巨大大会の在り方を根本的に問い直しているように思える。(ウクライナ侵攻を受け、ロシアは即、WM大会から排除され、ウクライナは、欧州予選のための試合を延期されている。)

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