「ヨハネ雑草」 das Johanniskraut(ダス ヨハニス・クrラウト)

  この言葉の前半Johannisは、別名Johannesヨハネスで、洗礼者ヨハネのドイツ語版である。後半のKrautは、主に木本に対する「草本」を意味する中性名詞で、本稿の題名としては、わざと「雑草」と「悪い」文脈の単語で訳したのであるが、ある昆虫や植物が「有益」であるか、「害悪」であるかは、立場によって変わることもあり得るので気を付けたいところである。

 「サワー・クラウト」という言葉は、料理好きの方であるなら、一度は聞いたことがあろうが、白キャベツの塩漬けである。漬物であるから、酸っぱいのであり、「サワー」、ドイツ語では、「sauerザウアー」という呼び名が付く訳である。この単語は、つまりは、形容詞と名詞が直接結びついて一つの名詞が出来た複合名詞である。

 因みに、「サワー・クラウト」では、Krautという単語は、「キャベツ」の意味合いで使われているのであるが、キャベツ類には、「Kohlコール」という、しっかりした単語がある。この単語に、「ザウワー・クrラウト」のように、weißヴァイス(「白い」)という形容詞を付けて複合名詞にすると、Weißkohlという単語が出来上がり、「白キャベツ」となる。ただ、ドイツの白キャベツは、大柄で一枚一枚の葉が厚いので、日本のように、白キャベツの千切りでサラダにしようと思っても、大振りで美味しくない。ゆえに、ドイツでキャベツの千切りが食べたい場合には、先が尖った形の「Spitzkohlシュピッツ・コール」を使うことをお勧めする。なお、Kohlには、白だけではなく、「赤」や「緑」もあることを言い添えておく。

 Krautという言葉に、はっきり「雑草」の意味を付け加えたい時には、Unkrautという便利な単語がドイツ語には存在する。un-という綴り字は、よく形容詞と結びついて、「そうではない」という否定の意味を付帯するものであるが、「Krautではないもの」では、意味が別になってしまう。「Un-」には、ここでは、その単語の意味を強める機能があると理解した方がよいであろう。因みに、Krautの複数形は、Kräuterクrロイターと、名詞の中にある母音が変音し、語尾に-erが付く、暗記するのにモティヴェーションが湧く複数形であるが、こうなると、むしろ、「ハーブ」の意味合いが強くなることも、この単語の面白い点である。

 という訳で、実は、Johanniskrautは、ただの「雑草」ではなく、薬用植物にもなるKrautである。では、なぜJohannis、或いは、Johannesという聖人の名前が付くのかと言うと、これは、聖人の名前が命名されている日と関係があるのである。この点については、詳しくは、筆者の、2021年6月27日付けの投稿「名前の日」を読まれたいが、ここでは、6月24日のことについて、私の投稿の一部を抜粋しておこう。

 「さて、6月24日の日の守護聖人は誰かと言うと、あの洗礼者ヨハネ、ドイツ語でJohannes (ヨハネス) である。この日は、このヨハネスの誕生日に当たる日であり、この日に教会典礼的には彼の事績を偲ぶのであるが、この時期の6月22日から24日は、同時に夏至の時期にも当たり、こうして、教会暦は農事暦とも重なってくるのである。こうして、この日は、特別にJohannistagと (単にJohanni或いはJohannestagとも) 言われる。」

 そして、この6月24日前後に、黄色の花が咲きだすことから、その日の名前を採って、Johanniskrautは、そのように呼ばれるのである。

 Johanniskrautは、ヨーロッパに自生する、多年生植物で、草丈は、15㎝から1メートルほどまで生育し、中が中空ではない茎は(この点が見分けるのに重要な点)、直立しており、茎からは、葉柄(ようへい:葉と茎を結ぶもの)なしで、楕円型の葉が二枚ずつ茎に対生して出ている。茎の頂点には、分枝した枝先に、直径2㎝程の黄色い五花弁の花を数個ずつ次々と咲かせる。咲く前の花の蕾を指でつぶすと赤紫色の汁が出てくる。人は、この赤紫色の汁を、あの斬首された聖人の運命を思い、「聖ヨハネの血」と呼んでいる。花自体は、日中だけ咲く一日花である。

 Johanniskrautは、日本語名では「セイヨウオトギリ」と呼ばれ、学名では、Hypericum perforatumである。perforatumと命名されているのは、この植物の葉には、光に透かして見ると、いくつもの穴が開けられているように見えるからである。この穴が開いているように見える部分は、実は、油点で、Johanniskrautから採れる精油の一つの成分として、これにヒュペルフォリンHyperforin(ハイパーフォリン)が含まれている。そして、この成分が、セイヨウオトギリからの抽出物が「抗うつ」作用を持っていると言われている理由であると言う。

 一方、学名のHypericumは、Hypericinヒュペリシンという暗赤色の天然色素名から来ており、葉を透かして見ると、葉の縁に黒点が見える部分に含まれている成分である。この成分は、光増感作用があり、このJohanniskrautを食べた動物は、皮膚が光に敏感になり、それにより、体温が上昇して、死に至ることもあると言う。ゆえに、この場合、Johanniskrautは、「毒草」に見なされるのである。この意味では、Johanniskrautは、正に、害悪のあるUnkrautである。

 そして、Hypericinという天然色素と言うと、上述した、蕾を指でつぶした時に出てくる赤紫色の汁、「聖ヨハネの血」もこの成分であり、刈り取られたJohanniskrautの花と蕾を茎と葉と共にオリーブ油に二・三ヶ月漬けておくと、これが赤色になるのも、この成分のせいである。

 古代ギリシャ・ローマ時代から薬用植物として知られているJohanniskrautは、乾燥させたものがハーブ・ティーとして飲まれており、上述のオリーブ油漬けのJohanniskrautは、「赤油」として、リューマチ、捻挫、傷の痛みを和らげるために患部に塗布されたりする。

 Johanniskrautは、この名称自体で、ドイツ語名の植物体系において、種から属、科までを網羅する名称となっているが、このJohanniskrautに対応する日本語名「オトギリソウ」も同様に、種から属を経て、科までに渡っている名称である。そして、Johanniskrautのラテン語名であるHypericum perforatumが、特化されて、日本語では「セイヨウオトギリ」と命名されている。

 さて、最後に述べておくと、この「オトギリ」を漢字で書くと、「弟切」と書かれ、読んだ者は、「おや?」と思う。それで調べみると、ウィキペディアに以下のような記述があったので、そのまま引用しておく:

 「オトギリソウ」という名称は、「10世紀の平安時代、花山天皇のころ、この草を原料にした秘伝薬の秘密を弟が隣家の恋人に漏らしたため、鷹匠である兄が激怒して弟を切り殺し、恋人もその後を追ったという伝説によるものである。あるいは、鷹匠である兄が秘密にしていた鷹の傷の妙薬としてこの草を秘密にしていたが、弟が他人に漏らしたため、激怒した兄に切り殺されたという伝説に由来するという説もある。」

 何れにしても、これは、Johanniskrautないしは「オトギリソウ」の、薬用植物としての効能が大きかったという証左の一つになるエピソードであろう。

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