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■番外編■PENTAX FA Limitedレンズの話《前編》

 PENTAX一眼レフ用交換レンズの中に、独特のテイスト(レンズの味)を持った「Limited(リミテッド)」レンズがある。それには2つのシリーズラインがある。
 ひとつはフルサイズ判カメラ対応の「FA Limited」シリーズで、4本の単焦点レンズがラインナップされている。もうひとつは、APS-C判カメラ用の「DA Limited」シリーズがあって、4本の単焦点レンズと1本のズームレンズがラインナップされている。なお「FA」とは「Full-frame Auto」でフルサイズ判対応のこと、「DA」は「Digital Auto」の略でAPS-C判対応のことである。

 今回の「番外編」では、すでに販売終了のレンズではあるが、旧型のFA Limitedシリーズの以下の3本

 smc PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited
 smc PENTAX-FA 77mmF1.8 Limited
 smc PENTAX-FA 31mmF1.8 AL Limited

 これら3本のレンズを選んで「いいレンズってなんだ?」ということを根元でテーマにしながら《前編》と《後編》に分けて、少し長くなりそうだがじっくりと解説していきたい。なお、今までにFA Limitedレンズについてはあちこちに記事を書いてきたのだが、字数の制限もあって書き足りなかったこと、書き漏らしたことも多かった。これはそれらの「総まとめ」とするつもり。

なぜ旧型FA Limitedレンズの話なのか?

(写真・1)

左から、旧型のFA Limited「smc 43mmF1.9」、「smc 77mmF1.8」、「smc 31mmF1.8」の各レンズ、31mmF1.8の発売時(2001年)からシルバーモデルに加えてブラックもラインに加わった

 旧型FA Limitedレンズはペンタックスがリコーに吸収合併される前のペンタックス時代に開発され、長年にわたり発売され続けてきたロングセラー・レンズである。その後、リコーと一緒になってからの2021年4月に、3本同時にマイナーチェンジされて新型FA Limitedレンズとなって、それが現在発売中である。

 新型にモデルチェンジされたとはいうものの、外観はもちろん内部も、旧型と〝ほとんど〟同じである。肝心のレンズ構成の光学系も、外観デザインも、旧型をそっくりそのままを受け継いでいる。
 変更点はといえば、レンズコーティングが「smc(スーパーマルチコーティング)」から「HD(High Definitionコーティング)」になったこと、絞り羽根に円形絞りが採用されたこと、などの〝少し近代化〟がはかられただけ。だからマイナーチェンジ。

 新型のFA LimitedレンズはHDコーティング採用になったので、レンズ名のアタマに、旧型では「smc」だったのが新型で「HD」に入れ替わり、

 HD PENTAX-FA 43mmF1.9 Limited
 HD PENTAX-FA 77mmF1.8 Limited
 HD PENTAX-FA 31mmF1.8 AL Limited

 と〝改名〟された。

 旧型smc FA Limitedシリーズは当初、シルバーモデルだけだったのだが、後半にブラックモデルも加わった。HD FA Limitedはシルバーモデルとブラックモデルが同時に発売された。また、新型43mmF1.9レンズには鏡枠にグリーンのフィンガーポイントが〝新設〟された(このフィンファーポイントについての説明や裏話などは《後編》で詳しく述べる)。

 ところで、新型FA Limited3本シリーズがマイナーチェンジ発売された同じ年、2021年の秋11月のことだけど、FA Limitedレンズとは(中身もスタイルも)似ても似つかない新開発の「HD PENTAX-D FA 21mmF2.4ED Limited DC WR」が発表され発売され、やや強引に、そのHD 21mmが新しくラインナップに加えられて、現時点で計4本のHD FA Limitedレンズが発売中である。

 唐突だが、ここで私のFA Limitedについての〝偏った〟感想を述べさせてもらうが、新型 HD FA Limitedレンズよりも旧型 smc FA Limitedのほうが新型HD FA Limitedよりもずっとずっと使って愉しい撮って愉しいレンズだと考えている。描写にクセもあるし、ぼけ味もカタイし、とにかく、今となっては古くさい(よく言えば古典的)レンズであるのだが、でも、今のモダンレンズでは得がたい味わいや使い心地がある(詳細は後ほどに)。その「ややクセのあるレンズの味」が新型になって少し薄まってしまった気がするのだ。

3本の旧型smc FALimitedレンズの魅力は?

(写真・2)

左の31mmF1.8はフード固定式、中央の77mmF1.8は内蔵引き出し式フード(収納状態)、右の43mmF1.9は脱着式ねじ込み式フード(取り外した状態)、写真はいずれも旧型

 というわけで、4本の新型HD FA Limitedレンズではなく、敢えて、ペンタックス時代の旧型smc FA Limitedの3本を取り上げて解説を始めたい。

 新型のHD FA Limited3本の描写性能は旧型と、〝ほとんど〟同じと言ってもいい。外観デザインや操作感のほうは〝まったく〟同じだ。異なる点といえば、そう、HDコーティングと円形絞りの採用で描写が、やや現代風になったことだけだ。

(写真・3)

(写真・3)は現行販売中の新型HD FA Limitedシリーズのレンズ、外観デザインは旧型とまったく同じなのだが(写真・1)とよく見比べるとわかると思うが新型43mmF1.9レンズには緑のフィンガーポイントが「新設」された、77mmF1.8は(写真・1)では収納状態だが、こちら(写真・3)はフードを引き出した状態


 HDコーティングの採用でヌケが良くなりフレア/ゴーストも少なくなるだろうけど、逆に、予想外のフレア/ゴーストが出てダイナミックな描写になったり、そんな写りが期待できなくなる。円形絞り採用で、ぼけ味が丸く柔らかくなるだろうけれど、絞り値を変えることでのぼけ描写のおもしろみや〝味〟はなくなる。というように、新型に比べて旧型smc FA Limited3本のほうが、Limitedレンズとしてのオリジナリティの良さと個性、ペンタックスの〝こだわり〟を保っていて、そこに私は強い魅力を感じている。
 最近のレンズはどれも描写優秀で写りに破綻などほとんどない。デジタルカメラの高画素化に適応させようと結像性能を最優先させてレンズ設計されているからだ。どんなシーンでも大変に良く写るのはいいのだけど、そのぶん、ドキドキ感がなくなった。描写の予期せぬ愉しみもなくなったように感じる。

 もうひとつ、新開発のHD 21mmF2.4 Limitedも除外して解説をしないのだけど、それについても偏屈な言い訳がある。
 HD 21mmF2.4 Limitedレンズは、3本の〝ほんものFA Limitedレンズ〟とは根本的にテイストが異なるのだ。ストレートに言えば、ほとんど興味を感じさせない、ごくごくありふれた、凡庸なただの広角レンズだ。

 HD 21mmF2.4レンズには絞りリングがない(そんなのがFA Limitedと言えるのか)、絞り羽根駆動は電磁式だしAFはレンズ内のアクチュエータによるレンズ内駆動(動作せず使えないカメラもあるではないか)、そしてsmcではなくHDコーティング(ドラマがなくなった)、意味のない緑のフィンファーポイントが寂しい(格好つけただけじゃダメだ)。その描写はごくごく平凡、撮っててぜんぜん愉しくはない。21mmF2.4 Limitedのユーザーにはじつに申し訳ないが、そのレンズは私にとっては〝なんちゃってFA Limitedレンズ〟にすぎないのだ。

(写真・4)

「なんちゃってFA Limitedレンズ」のHD 21mmF2.4レンズ、絞りリングもなくノッベラボウ
なぜ、強引にFA Limitedとして仲間入りさせようとしたのが理解できない、不幸なレンズだと思う

 そんなこんなで、3本の「旧型 smc FA Limitedレンズ」についてだけ話を続けていきたい。

旧型smc FA Limitedはデジタルカメラで使いものになるか?

 「smc 43mmF1.9」の発売は1997年10月、価格は84,000円(2019年)。約27年前である。続いて発売された「smc 77mmF1.8」は1999年1月だから約25年前、価格は117,000円(2019年)。そして「smc 31mmF1.8」の発売は2001年6月なので約23年前のことである。価格は153,000円(2019年)。
 それら旧型は2021年にマイナーチェンジされて販売終了となってはいるけれど、旧型はもちろん新型のHD FA Limitedも〝現役クラシックレンズ〟と言ってもいいだろう。

 3本のsmc FA Limitedレンズが設計開発された1997年から2001年ごろといえば、まだまだフィルム一眼レフカメラが元気だった時代。つまり、3本のレンズはどれもデジタル一眼レフカメラに使用されることをまったく想定も予想もせずに企画され設計製造されたレンズなのだ。当たり前だけど、試作レンズを使って描写性能などを実写検証するのはフィルムを使っておこない、フィルム画質に最適化するように作っていた。そんな時代だった。

 いま考えると笑い話のようだけど、レンズ交換式のデジタルカメラ初期の時代は ━━ たかだか10数年前のことなのだけど ━━ フィルムカメラ時代に設計開発されたレンズをデジタルカメラで使って、はたして満足する描写性能が得られるだろうかと〝心配〟をする人たちがたくさんいたのだ。とくに、やや描写にクセがあり、独特の描写特性が特徴のFA Limitedレンズなどは余計にデジタルカメラとの相性を心配する向きも多くあった。

 ようやくデジタルフルサイズ判でsmc FA Limitedレンズの「実力」が試せるようになったのは、ペンタックス初のフルサイズ判デジタル一眼レフ「PENTAX K-1」が発売されてからだった。2016年4月ごろのことで、smc FA Limitedの第一号レンズであるsmc 43mmF1.9発売から約20年後のことだ。

 言うまでもないことだけど「 K-1」が出てくる前でも、smc FA Limitedレンズをデジタルカメラで使うことはできた。しかしそのデジタルカメラはAPS-C判カメラだったのでクロップされてしまう。ほんらいレンズがカバーする画面全体ではなく、中央部だけでしか見ることができなかった。やはりフルサイズ判のカメラを使って画面の隅々まで見てsmc FA Limitedレンズの描写力を判断したかった。

旧型 smc FA Limitedをデジタルカメラで使ってみると

 実際にsmc FA Limitedレンズ3本をフルサイズ判デジタルカメラ(PENTAX K-1)で使ってみたら ━━ 今となってはそれはまったくの杞憂というべきことだったが ━━ 良い意味でレンズ3本の描写の「味」をあらためて再認識させられた。
 3640万画素(K-1/K-1 II)もの高画素フルサイズ判デジタルカメラに使用することなど想像だにせずに設計されたレンズなのに、描写性能にこれといった不満も欠点もなかった。いやむしろ「Limitedレンズらしい」描写がデジタルになってより明瞭になったと言ってもいいぐらいだった。最近の描写優秀なモダンレンズでは味わえないような独特の写りをしてくれたのだ。フィルムカメラでは気づかなかった新しい「描写」を、K-1/K-1 IIで発見したようなこともあった。

 長年愛用している旧型smc FA Limitedレンズの3本をK-1/K-1 IIで今も使っているが、もちろん特段不満など感じたこともない。
 しかしながら、AFは遅い、駆動音もウルさい、意外なフレア出現に驚くこともある、ぼけ味はカクカクして柔らかくもない、撮影距離や絞り値で描写が豹変することもある。つまり現代の優秀なレンズのような安定して素晴らしい結像性能があるわけではない。
 HDコーティングや円形絞りを採用した改良新型のHD FA Limitedレンズのアカヌケしているがオモシロさのない描写とも、だいぶ違う。なんと言えばいいか、暖かく懐かしく優しい写りをしてくれるのである。写真の写りは結像性能だけでなく官能性能も大事だなあ、と感じさせてくれることも多い。

smc PENTAX-FA43mmF1.9 Limited

(写真・5)
smc 43mmF1.9+PENTAX K-1 絞り優先オート(F2)、マイナス0.7EV露出補正、ISO200

気持ちのモンダイかもしれぬが焦点距離43mmのほうが50mmより使いやすい、開放絞り値付近ではとても甘い描写だが、F8ぐらい絞り込むと俄然シャープになる


smc PENTAX-FA77mmF1.8 Limited

(写真・6)
smc 77mmF1.8+PENTAX K-1 II 絞り優先オート(F5.6)、マイナス0.7EV露出補正、ISO200

線が細く高い解像力がある、柔らかな描写でぼけの雰囲気もイイ、3本のFA Limitedレンズの中では外観デザインがもっとも美しい、私の大好きなレンズだ


smc PENTAX-FA31mmF1.8 AL Limited

(写真・7)
smc 31mmF1.8+PENTAX K-1 II 絞り優先オート(F8)、マイナス0.3EV露出補正、ISO200

3本のFA Limitedレンズの中ではいちばん〝現代的〟な写りをするレンズ、使っていて「もう少し小型だったら申し分ないのになあ」と思う、31mm画角は28mmや35mm画角よりも使いやすい


旧型smc FA Limitedの魅力「味わい」のある使い心地と描写とは?

 FA Limited3本のレンズ構成は、31mmF1.8レンズだけを除けば、43mmF1.9も77mmF1.8もごくごく一般的な屈折レンズだけでレンズ構成されている。いわゆる特殊光学レンズは1枚も使っていない。超低分散ガラスも高屈折ガラスも非球面レンズも、まだ気軽に使える時代ではなかった。

 AFはボディ内駆動方式でマウント部にあるAF駆動ピン(AFカプラー)を介してぐりぐりとAFレンズ群を作動させる大変にオーソドックスな(今となってはやや古典的な)設計のレンズである。
 近距離にピントを合わせたままカメラ側のメインスイッチをOFFにすると、レンズ全長は長く伸びたままで自動的に無限遠状態に戻らない。レンズ全長を短く収納状態に戻すには、いったんレンズをカメラボディから外して手動で無限遠距離に戻さなければならない。

 AF速度は遅いうえに、他のペンタックスレンズの多くに採用されているクイックシフトフォーカスシステムも非対応である。近頃の超音波モーター内蔵レンズとは違い、AFモード中にピントリング操作をして瞬時にMFに切り替えてピント補正することもできない。
 だからFA Limitedレンズは(新旧ともに)敢えてMFモードにして〝自分の眼を信じて〟手動でピント合わせする、ときどき気が向いたときにAFモードで撮ってみる、そんな使い方をしても楽しいレンズではないかとも思う。以上のようなことは新型HD FA Limitedレンズにも〝確実に〟受け継がれているのだけど・・・。

 このように操作性は決して褒められたものではない、のだけれど、あれやこれやの操作感に、えも言われぬ良さがある。描写は、現代風の目から鼻に抜けるような頭脳明晰、優等生的な写りではない。しかし味わい深い人間味のある独特の写りをしてくれる。そうなのだ、そこがとくに旧型smc FA Limitedレンズの大きな魅力なのだ。

そもそも smc FA Limitedレンズの設計思想とは?

 そもそも、私たちは科学写真や資料複写を目的で撮影することはほとんどない。写真でなにかを「表現」しようとしているはずだ。厳格で非の打ち所のない優れた結像性能よりも、味のある写り、そう独特の官能的描写性能━━ ぼけの自然さ、立体感や奥行き感があって、個性的な描写 ━━ をしてくれるほうが大切なことが多いはずではないか。

 3本のLimitedレンズには共通した設計思想があった。数値的に優れた描写性能よりも、気持ちの良い写りのする〝味〟のある描写を第一に狙ったレンズだったのだ。そのために敢えて少し収差を残す。現代のレンズのように徹底的に収差を除いたり補正するといった光学設計をするのではなく、描写の味を最優先するために微妙に、必要最小限に収差を残して設計したレンズだった。当時としては(今でもそうだけど)イレギュラーで大胆な設計手法を採用したレンズでもあった。言いすぎかもしれないが「MTF性能なんてくそくらえ」的な思想が根底に流れているようにも感じる。

 もう1つ、FALimitedレンズには他のレンズには見られない外観デザインで魅力的な特徴があるのだが、その話をし始めると長く長くなるので、次回《後編》に続けたい。そうそう、FA Limited3本の描写性能についても、次回に少し感想なども述べたい。

 FA Limitedの3本のレンズについての〝偏屈こだわり話〟に、もう少しお付き合い頂きたい。

KマウントレンズだからペンタックスAPS-C判カメラでも使える

 3本のFA Limitedはフルサイズ判カメラ用のレンズだが、当然ながらペンタックスのAPS-C判のデジタル一眼レフカメラで使用可能である。ただし画角は狭くなるのが欠点だが、ほんらいの画角の周辺部をカットするので写した画質は良くなる利点もある。43mmF1.9は約66mm相当に、77mmF1.8は約118mm相当に、31mmF1.8は約47.5mm相当の画角となる。
 こうした使い方はFA Limitedレンズにとってはイレギュラーなことでおすすめではない。ただひとつ「おすすめしても良いかな」と思うのが43mmF1.9レンズ。APS-C判カメラで画面周辺部をクロップしても、開放F値付近で撮れば強く残った球面収差の影響で独特の描写が得られる、かもしれない。

(写真・8)

smc 43mmF1.9のシルバーレンズと、マーク・ニューソンがデザインしたPENTAX K-01(APS-C判)との組み合わせがいちばん美しいなあと思う、このスタイルはいつ見ても惚れ惚れする、レンズフードを取り外せば薄型パンケーキレンズになり、あちこち持ち歩きたくなる


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