上流

スマートフォンから流れる軽快な音が私の体を揺さぶる。暖かな日の光が私の顔を照らし、朝の訪れを告げる。時刻は午前6時、普段よりも早く、爽やかな目覚めは眠たげに目を擦る私を少し高揚させた。


「おはよう♪。すぐに朝ごはん出来るから、先に顔洗って着替えてね♪」
妻の富栄は、語尾に音符があるかの様に錯覚する程明るい声色で私に言う。洗面台で顔を洗うと、ベーコンの焼ける匂いがする。顔を洗い終え、シワ一つ無いシャツに袖を通し、ネクタイを締める。食卓に向かうと、一流ホテルの朝食と見紛う程洗練された料理達が顔を揃えていた。部屋には妻の選曲した「シェイク・イット・オフ」が流れ、彩りを添えている。世界中どこを探してもこれ程までに幸せな朝はあるはずが無い。眼前に広がる幸福と共にパンを噛み締めた。

穏やかな気持ちで朝食を摂ると、妻がこれから始まる愛の育みの為の準備に取り掛かっていた。それを見て、今から行う事がどれ程までに美しいのか。私達は世界一互いを愛し合っている夫婦なのだと実感する。
準備が整った。私達は火を灯すと、妻と二人で床に就き、他愛の無い話をする。初めて出会った時の話に始まり、告白、結婚式。会話を重ね、目を閉じると鮮明に思い浮かぶ。
「僕は幸せだな…」
そう呟き、眠りについた。

「検死の結果、練炭による心中だそうです。」
「二人共まだ若くて希望もあっただろうにな…」
二人の刑事はそう呟くが、もしも二人が生きていたのならば、声を揃えてこう言うだろう。
「私達は情死によって、永遠に愛し合う権利を得ただけです」

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