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南シナ海問題~このまま中国がこの海を手中に収めるのか(1/3)

7月12日、南シナ海問題について国際仲裁裁判所が判断を下してから5年が経ちました。これを契機に、日米両政府はそれぞれ外務大臣談話・国務長官声明を発出し、中国の行動が「国際社会における基本的価値である法の支配を損なうもの」「東南アジア沿岸諸国を抑圧・威嚇し」「ルールに基づく海洋秩序を世界で最も大きな脅威にさらしている」と改めて非難しました。

この問題は、現在の国際秩序が「秩序」として機能しているのか否かを占う試金石のようになっています。中国による、「九段線」という根拠不明な主張とそれに基づく実力行使は、国際社会における法秩序をないがしろにしています。南シナ海問題は、国際社会が大国による理不尽な行動を抑えることができるのか、それを象徴する問題となっているのです。

ここでは、今週から三週連続で、どうしてこのようなことになってしまったのか、中国の行動と国際社会の対応を振り返り、今後どのようにしたらよいのか考えたいと思います。

各国入り乱れる権利の主張

南シナ海は、中国と東南アジアに囲まれ、多くの岩礁のある海域です。水産資源のほか、石油、天然ガスなどの鉱物資源も豊富にあり、関係国による権利の主張が入り乱れています。

南シナ海ベース地図

中国によるこの海域に対する権利の主張は、第二次世界大戦以前からなされていたとも言われています。ただ、それが明示的に表されたのは、戦後1947年が最初になります。この年に現在の中国の前身である中華民国が公布した「南シナ海諸島新旧名称対照表」及び「南シナ海諸島位置図」において、中国の権利の範囲を示す11段のU字型の線が描かれたのです。

1949年に中華人民共和国が成立した後は、1953年以降に作成された地図において11段線が9段線に書き直されていますが、同様の海域に対する権利を主張しています。

中国は、50年代から70年代にかけて、まずこの海域の北側にある西沙諸島に進出し、占拠を進めました。

南シナ海地図矢印①

まず、50年代にフランス軍が撤退すると、それに乗ずる形で、中国は西沙諸島の東側を占拠しました。当時は南北ベトナムの時代です。同じ頃に、南ベトナムも西沙諸島の西側に進出しました。73年にアメリカ軍がベトナム戦争から撤退すると、中国は74年、「西沙諸島の戦い」に勝利し、西沙諸島のすべての島を実効支配することとなりました。

その後、南シナ海における領有権争いの焦点は南側の南沙諸島(スプラトリー諸島)に移ることになりました(ただし、ベトナムは引き続き西沙諸島に対する領有権を主張しています。2014年に中国が一時石油リグを設置した際に両国間で対立が激化した経緯があります)。

南沙諸島については、60年代後半以降に石油資源の存在が有望視されてから注目を集め、周辺各国の領有権の主張が入り乱れることになりました。中国のほか、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、台湾が領有権を主張しており、また、それぞれが実効支配する島嶼が複雑に混在している状況になりました。

南シナ海地図矢印①②

南沙諸島への中国の物理的な進出が明確になったのは、1988年のスプラトリー諸島海戦です。この戦いにより、中国はジョンソン南礁をはじめとする6つ岩礁を占拠することになります。その後、92年制定の領海法にて(尖閣諸島、西沙諸島とあわせ)南沙諸島を中国の領土であると規定、95年にはそれまでフィリピンが実効支配していたミスチーフ礁に艦艇を送り、それ以降占拠しています。

中国による実力行使

近年は軍事的衝突は見られないものの、中国は占拠している島嶼における埋め立て、施設建設を急速に進めてきました。中国は、1992年の領海法に続き、2012年には南沙諸島、西沙諸島、中沙諸島を管轄するとする「三沙市」を設置し、実効支配の国内法的体裁を整えると、2014年頃から南沙諸島各地における大規模な埋め立てを開始しました。

当初、ジョンソン南礁、ファイアリークロス礁など5か所で埋め立てを開始し、2015年に入ってからはミスチーフ礁やスビ礁においても埋め立てが開始され、その範囲は南沙諸島全体に急速に拡大していきました。後述のとおり、この間、13年1月にフィリピンが南シナ海問題を国際仲裁裁判所に提訴する動きがあり、そのことが中国にこの海域における実効支配をより明確なものにする必要性を感じさせたという側面もあったと思われます。

中国のこのような動きに対し、フィリピン、ベトナム、米国等が「一方的な現状変更を断じて容認しない」(米報道官2015.7.2)などと強く抗議したものの、中国政府は「完全に中国の主権の範囲内のこと」(中国外交部報道官2014.5.15)、「法に基づき有している権利」(中国国防部報道官2015.1.29)、「海上での捜索・救助など国際的義務をより良く履行するためのもの」(中国外交部報道官2015.4.19)などとして全く聞く耳を持ちませんでした。さらには、このように海難救助のような民間の需要を前面に出しつつも、滑走路やレーダーなど軍事面でも利用できる施設建設を進め、中国による一方的行為による実効支配強化が進められていきました。

「九段線」の主張

このような中国の行動のすべての根拠は、前述の「九段線」の主張にあります。この「九段線」は地図上に示されてはいるものの、これにつき中国政府は「歴史的権益」であると述べるのみで、その具体的根拠や主張する権利の内容・性格につき何ら説明をしていません。

南シナ海地図九段線

地図で見る限り、中国の南側に広がる南シナ海をすべて独り占めするべく、牛の舌のようなものをベロっと出しているものです。いかにも恣意的なその形は、そのよって立つ根拠が示されない限り、単に中国の強欲さを象徴するものとしか受け取ることができません。

「九段線」の不明瞭な性格については、中国の学者の間でも研究・議論の対象となっています。中国社会科学院の李国強教授によれば、おおむね4つの見方があるといいます(李国強「中国と周辺国家の海上国境問題」『境界研究』No.1、2010)。

一つ目の見方は、「島嶼帰属の線」とするものです。これによれば、線内の島嶼等の陸地が中国の主権管轄下にあり、線内の水域の法的地位は陸地の法的地位から派生して決まることになります。
二つ目の見方は、「歴史的な権利の範囲」です。これは、線内の島嶼等の陸地を領土とし、内水以外の海域は排他的経済水域と大陸棚と主張するものです。
三つ目の見方は、「歴史的な水域線」とするものです。これは、線内のすべての海域を中国の歴史的水域とするもので、許可なく外国船舶は航行、通過できないとします。
四つ目は、「伝統彊界線(国境線)」とするものです。これは、線内は中国に属し、線外は公海または他国に属するとします。未確定ではあるが、中国と外国の境界を示しているとします。

三つ目と四つ目の解釈はかなり近いものと考えられますが、いずれも、現在の海洋法秩序と整合的に理解することは困難です。この四つの解釈の中で、唯一、一つ目の解釈については、どうにか海洋法上の枠組みの中で理解できる主張ではあります。しかし、この解釈に従えば、結果として得られる中国の管轄海域の範囲は九段線と一致せず、これが中国政府が主張する内容であるのか疑わしいと言えます。

いずれにせよ、「九段線」による権利を主張している中国政府自身が、九段線の主張の根拠や具体的内容を説明する必要があり、その説明を尽くさない限り、国際社会の理解を得ることは困難です。

南シナ海における権利を争う国のひとつであるフィリピンは、このような中国の一方的態度に反発し、国際仲裁裁判所に提訴しました。次週はその詳細について取り上げたいと思います。

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