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新型コロナウィルスWHO調査報告~発生源だけでよいのか

3月30日、WHOは中国において行った新型コロナ・ウィルス発生源に関する調査結果を公表しました。コウモリが持つウィルスが何らかの中間動物の介在により人間に感染した可能性が高いとしつつ、他の可能性にも言及しています。引き続き調査が行われるようですが、発生源とともに、発生後の中国や関係国、WHOの初期の対応が適切であったのかについても、是非検証していただきたいと思います。

WHOの報告書

WHOと中国の科学者は、1月から2月にかけて中国武漢にて合同調査を行い、その結果が3月31日にWHOから公表されました。全体で120ページに及ぶ報告書の結論は以下のとおりです。

調査は、①宿主動物(コウモリ)から人間への直接感染、②宿主動物から何らかの中間動物を介在した感染、③冷凍食品を通じたウィルスの流入、④武漢の研究所からのウィルス流出の4つの可能性を念頭に置いて、検証がおこなわれました。

その結果として、①直接感染については、可能か可能性が高い(possible to likely)、②中間動物の介在は、可能性が高いか非常に高い(likely to very likely)、③冷凍食品経由については、可能(possible)、④研究所からの流出は、極度に可能性が低い(extremely unlikely)とされました。

つまり、感染源を特定するには至らなかったものの、コウモリから何らかのほかの動物を経由して人間に感染した可能性が高いとのことです。

この報告書を読むにあたり、念頭に置かなければならないのは、この報告書がWHOやWHOが選任した専門家と中国政府が指名した中国の専門家による合同の報告書であるということです。中国の専門家は当然ながら中国政府の意向を受け、その指示に従って行動します。したがって、中国政府に不都合な内容については、限界までその表現がトーンダウンされていると考えるのか自然です。

③の可能性と④の可能性についての表現の違いは、その反映かもしれません。中国政府は従来より③の可能性を主張し、中国国外から武漢に持ち込まれたと訴えており、逆に、④の可能性を否定し続けてきました。それを踏まえれば、③と④はいずれも可能(possible)だけれど、可能性は低い(unlikely)ということなのではないかと想像します。これに、明確な根拠はありませんが、そうなのではないかと思うことが必要だと思います。

特に、②との組み合わせ(つまり、②と③、または②と④のセット)ということになれば、どちらもまだまだ可能性はあるということでしょう。

調査への批判

今般の調査にあたっては、調査団が生のデータにアクセスできなかったなど、中国政府の対応が十分に協力的でなかったと言われています。アメリカ大統領府は、30日、「中国は透明性を欠き、基礎となるデータを提供してこなかった。協力的ではなかった」と批判しました。また、日米英加豪韓など14か国が、共同声明にてこの調査に懸念を表明し、「独立した客観的な提言と調査結果が得られる状況下で行われるべきだ」としました。

今般の調査団派遣に至るまでには、中国政府側の相当な抵抗がありました。20年2月と7月に、WHOの専門家が中国に派遣され情報交換を行ってきましたが、感染源についての本格的な調査はようやく実現に至ったものです。これが決まるまでには、アメリカやオーストラリアがこの調査団派遣を強く求め、これに抵抗する中国との関係が極度に悪化しました。

中国政府が何を隠そうとし、何を隠したのかわかりません。それは感染源についてかもしれませんし、それ以外かもしれません。権威主義国家においては、政府は出さなくていい情報は出さないという発想になりがちです。痛い腹であっても、痛くない腹であっても、とにかく探られたくないのです(痛いところだけ隠せば、どこが痛いのかわかってしまいますから)。今回の調査にあたっての中国政府の非協力的な対応は十分に予想されたと言わざるをえません。

発生源になった国が悪いわけではない

今回の調査は、あくまで発生源についての調査ということでした。言うまでもなく、新型コロナ・ウィルスがどのように発生し、どこから人間に感染し、広がっていったのかは非常に重要であり、今後の新たな感染症の発生を防ぐために重要な指針を提供してくれると思います。

ここで、中国が悪いのか、他の国が悪いのか、というようなことを議論するのはおかしな話です。もちろん、どこかの国やテロ組織が意図的にウィルスを動物や冷凍食品に仕込んで広めたという可能性を議論するのであれば、そのような犯人捜しということになるでしょう。しかし、今そのような可能性を考えている人は殆どいないでしょう。

ここで重要なのは「事実」であり、それを将来にいかすことです。たとえウィルスが中国で発生したのであっても、よほどの管理ミスがあったということでない限り(およそ一般的に守られるべき衛生管理上のミスでもない限り)、中国を非難することはできないでしょう。そこには、誰にとっても「不都合な真実」などないのです。誰も知らないウィルスだったのですから。

一方で、重要なのは発生源の話だけではありません。同じく重要なのは、この未知のウィルスが確認された後の、関係者の対応のあり方です。この問題については、まさにどこの国が悪い、どこの機関が悪いという話になりえます。

発生後の対応が重要

このような新たな状況に直面したとき、何よりもまず重要なのは情報の透明性です。戦うべき敵が何者かわからなければ、各国とも戦いに勝つことはできません。新たに発生したウィルスのようなものは、どのような威力があって、どのような対策が有効なのか誰にもわからないわけです。発生初期の感染状況から可能な限りの推測をおこない、有効と思われる対策を手探りでとっていくことが非常に重要なのです。

その意味において、未知のウィルスに最初に遭遇した国として、中国は世界において責任ある対応をとったと言えるのでしょうか。中国のような権威主義的な国家の場合、国民の間に「無用の混乱」を招かないためにも、情報を選別して公表することが通常です。また、地方の当局が公表した方がよいのではないかと考えても、北京からの了解がとれなければ公表できず、情報公開が滞ることも容易に想像できます。

19年12月30日に最初にこの新型肺炎の発生について警鐘を鳴らした武漢の医師は、デマを流したとして処分されました。翌年2月7日にこの医師が感染により亡くなると、中国の改革派の知識人や人権は弁護士は声明を発し、コロナの感染者の急増は「言論の自由を圧殺したことが招いた人災だ」と非難しました。

中国政府は19年12月31日に原因不明の肺炎患者の存在を認めましたが、当初は「大したことはない」という印象を抱かせることに最大の関心を払っていたように見えます。

翌年1月頭ごろまでは、中国政府は「武漢の海鮮市場でごく少数の人が新型ウィルスに感染し、数人が肺炎で入院した」というラインで説明をしていました。1月9日にコロナウィルスの検出が公表されましたが、12月中にすでに複数の検査機関にて新型コロナウィルスの存在が確認されていたという報道もあります。

中国政府が、ようやく人から人への感染を認めたのは1月20日です。このころ政府から口封じをされたと漏らす医師や検査機関が相次いでいます。その後、感染拡大の状況が隠しきれないとなると、初動対応についての、北京の中央政府と湖北省・武漢の地方政府の責任のなすり合いになりました。

私たちは、それぞれの時点で外に出てきた情報しか知ることができていません。実際のところ、中国の中央と地方の政府は、何をどのタイミングで把握していたのか。そして、市民との間でどのように情報を共有し、どのように対応していったのか。他国に対し十分迅速に警鐘を鳴らしたのか。

状況把握が十分にできていないとして公表をためらったとしても、あくまで可能性の問題として、WHOには報告できたはずです。WHOはオープンソースを分析する中で、19年12月31日に地元報道を検知し中国側に事実関係を照会したのが最初の情報入手とも言われています。それまで中国側からは報告できなかったのでしょうか。

発見後の封じ込めの対策は適切だったのでしょうか。武漢から中国国内のほかの地域への感染者の移動を遮断したのに、この感染者たちは中国国外の世界中に自由に渡航できたとトランプ大統領は批判しました。それは事実なのでしょうか。

こういった検証が非常に重要だと思います。ここで、発生源ばかりについて、中国の市場や研究所から発生したから中国が悪いんだとか、いや中国国外から冷凍食品にくっついて持ち込まれたのだとか、そういうことばかりに関心を集中させるべきではないと思います。

恐らく、発生後の対応がどのようになされて、なにが適切でなにが不適切であったかということを検証していく場合、より一層中国の姿勢は非協力的になると思います。さらに、それにとどまらず、事実を隠したり、歪曲したりといったことが行われる可能性も高くなるでしょう。かなりハードルの高い作業になりますが、ぜひとも行われるべき検証です。

WHOにも問題が

問題は中国の側だけではありません。WHOの動きについても疑問の声が上がっています。

20年1月23日の時点で、テドロスWHO事務局長は「世界的な健康の危機ではない」と発言します。各国が中国湖北省からの自国民移送を始める動きが出ると、事務局長は1月28日「中国から自国民を撤収させようという国もあるが、過剰反応は必要ない」などと発言しました。その2日後にようやく「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言しますが、そこでも「貿易や渡航の制限は推奨しない」としました。そして最終的に「パンデミック」を宣言するのは3月11日になってからでした。

この時期のWHOの対応について、あまりに抑制的で、動きが遅すぎるのではないかという批判が上がりました。もちろん、これは感染拡大の状況を受けた結果論であり、公平な批判ではないかもしれません。

「緊急事態」や「パンデミック」を早期に宣言し、その結果大して感染が広がらなかったら、逆に勇み足として批判されかねません。結果として大過なければ、それはそれで望ましいことなのですが、経済社会に大きな混乱を及ぼしたことが適切だったかと問題視する人は必ずいます。

しかし今回のコロナのケースでは、中国政府からの圧力でWHOが宣言を遅らせたのではないかという見方があります。もしそのような政治的圧力ないし忖度によって、WHOの行動が影響を受けたとすれば大きな問題です。

現在のWHOのテドロス・アダノム事務局長は、エチオピアの出身です。エチオピアは中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」のアフリカにおける重要拠点のひとつとなっており、中国との関係が緊密化しています。そのような関係を背景として、中国政府がテドロス事務局長に圧力をかけたのではないかという指摘もなされています。

アメリカ・トランプ政権は、WHOが中国の言いなりになっているとして、WHOからの脱退を宣言しました(その後、バイデン政権が撤回)。トランプ大統領の発想は、「中国がWHOに不当な圧力をかけるのであれは、こっちもそれに見合った圧力をかける」ということなのでしょう。そのような姿勢が生産的かどうかはさておき、今回の対応のあり方をしっかりと検証し、WHOの機能改善につなげていく必要があるでしょう。

検証の前に予断すべきではありませんが、特に、未知の感染症の発生初期の段階で、WHOがより一層の強制力をもって調査と情報発信が行い得る体制を整える必要があるでしょう。

現行の国際保健規則(IHR)では、国際的な公衆衛生上の脅威となる事態が発生した場合、加盟国にアセスメント(脅威評価)後24時間以内にWHOに通報することを義務付けています。しかし、未知のウィルスの発生のような場合、アセスメントはいつまでたっても終わらないとも言えます。アセスメント終了前に、どのような未整理の情報でも通報することを義務付けるべきでしょう。

WHOによる情報発信やそれに伴う宣言の発出についても、個々の加盟国の意向からは独立して行われるべきです。現に感染が発生し広がっている加盟国の取組を阻害することがあってはいけないですが、それも含めて全世界を見据え、客観的・科学的な判断に基づいて情報共有が行われるよう、WHOは十分な判断権限を与えられるべきです。

そのために、加盟国とどのような関係を築くべきなのか、権限関係の再構築が必要になります。コロナの教訓を十分にくみ取ることができるよう、まずは今回の対応についての十分な検証と反省が必要です。

各国における感染者への対応というのは、どうしても人権抑制的なものとなります。人の移動や相互の接触を最低限に抑えなければならなくなります。したがって、その具体的にとるべき対策については、各国政府がその民意のコントロールをうけながら、その責任と権限で行う必要があります。

しかしながら、その前提となる情報の共有については、WHOに一層の責任と権限が与えられてもいいはずです。とくに発生源となった国の状況については、より直接的にある程度の強制力をもってWHOが関与して情報の収集と必要な公表を行うことが期待されます。

恐らく、WHOの中には、以前からこのような問題意識を持ってきたスタッフがたくさんいると思います。この機会に是非とも実現していただきたいと思います。加盟国との調整は相当に難航すると思いますが、そこにおいて説得力を増すデータを提供するためにも、まずは今回の対応についての事実関係の検証が大切だと思います。

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