無彩色の空気を吸い込んで
喉は痛いし、体も痛い。頭がボーっとする。
普段なら絶対やらないカラオケオール。
それをやってのけた30手前の自分に一人驚きながら、友人たちと並ぶ信号待ち。
夜を使い果たした街には、無垢で無彩色の空気が漂っていて、そこに午前5時の朝日が差し込んでいる。
空気を吸い込む。鼻を通り抜ける空気から懐かしい匂いがした。
朝日に照らされたばかりの無彩色の空気はまだひんやりと冷たかった。
喉を潰すほど笑って歌って迎えた朝。
「この空気、懐かしいな…。」
一人つぶれた声でつぶやく。
まだ学生だった頃に、居酒屋で夜を明かした日の空気によく似ている。
♢
朝まで安い居酒屋で美味くもない料理とアルコールで朝を迎えていた日々を思い出す。
ただその場にいれば自然と話題が広がって、最後は結局下らないバカ話に着地する。僕たちは本当にどうしようもない男たち。
悩みもなければ不安もない。ただ毎日が楽しかった。
そんな友人たちと何年たっても同じように遊んでいるなんて、あの頃の僕たちは考えてもなかっただろう。
いつの間にか僕たちは、あの頃に比べてだいぶ大人になった。
体の成長は止まって、後は老いていくだけの30代が目の前に来ている。
それなのに、心は変わらずあの頃のまま。
その変わらない心に安心する。
ここにはその頃と同じ心だけがあればいい。
口を開けばくだらない話に花を咲かせる。
そうやって迎えた朝の空気も僕たちと同じように変わっていなかった。
♢
「なんかさ」
横に並ぶ友人たちに向かってガサガサになった声を放つ。
「学生の頃、朝までやってた居酒屋でオールして、酔ったままで、”駅まで鬼ごっこだ!”って言って駅まで走った日あったじゃん?なんかあの時の空気に似てない?」
「あったなぁ、そんなこと。今からする?」
同じようにつぶれた声で友人が答える。
「勘弁してくれよ」笑いながら僕は答える。
そしてもう一度。今度は大げさに朝の空気を吸い込む。
大げさに息を吸い込む僕を見た友人たちも、同じように口から息を大きく吸い込むが、カラオケでつぶれた喉が耐えられなくて揃って咳き込んだ。
そんな光景を見て僕は吹き出す。
そして、僕の喉も耐えられず同じように咳き込んだ。
朝5時の信号待ちの横断歩道。
男四人が並んで笑って咳き込んでいる。
あぁ、やっぱりあの頃と同じ空気がここに漂っている。
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