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福岡県の生物多様性:地域戦略・保全利用を考える

九州の北端に位置する福岡県、今から7万年前〜1万年前の最終氷期は、陸橋で大陸と(ほぼ)結合し、気候が大きく変動し寒冷化しました。現在の福岡は、玄界灘や瀬戸内海に通じる周防灘、内湾の有明海に面し、内陸には英彦山などの山々も連なり、平野には多くの河川が流れています。過去の気候変動と地形の多様性が、生物にとって様々な生息環境をもたらし、福岡の生物多様性を形作っています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるに違いありません。このような意図から、日本の地方自治体(47都道府県)の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、福岡県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト(保全カードシステム)と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報(レイヤー)を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください

福岡県の生物多様性を特徴づける環境条件

福岡県は九州の北端に位置しています。今から7万年前〜1万年前にかけての最終氷期は、古気候に関係した海水面変動のため対馬海峡が閉塞・陸橋化して、朝鮮半島と(ほぼ)結合した可能性が指摘されています。陸橋を介した大陸との結合は、生物の移入を引き起こしたと考えられます。

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最終氷期(約2万年前)の福岡は、大陸の気候の影響でとても寒冷化しました。そのため、最終氷期から現世にかけての古気候変動(温暖化)と地形形成は、生物の分布にも影響を与えたと考えられます。

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現在の福岡県は、北は玄界灘や響灘、東は瀬戸内海に通じる周防灘、南は内湾の有明海に面しています。

内陸には、佐賀県境からの脊振山地、三郡山地、大分県境の英彦山(1200m)や釈迦岳(1231m)、県南部の耳納(みのう)山地や筑肥山地があります。

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地質も多様です、例えば、平尾台のようなカルスト台地で、石灰岩のような特殊立地もあります。そして、筑後川や矢部川が流れる筑後平野、遠賀川の直方平野などの低地が分布しています。

このような地形の多様性は、生物にとって様々な生息環境をもたらし、福岡県の生物多様性を形作るもとになっています。

それでは、福岡県の生物多様性(植物・動物の種数)の地図を見てみましょう。

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生物多様性の可視化:種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を1kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

福岡県の維管束植物(木本・草本・シダ)の種数が豊かな地域は、平尾台、三郡山地、脊振山地、英彦山などの山地域から低地にかけて、広域的に分布しています。また、矢部川や筑後川の流域にも、植物種の豊かな場所がパッチ状にあります。土地利用によって、植物種数の豊かな地域が全体的に縮小あるいは分断化されていることがわかります。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

哺乳類の種数が豊かな地域は、県北部の平尾台や三郡山地、英彦山(1200m)や釈迦岳(1231m)の周辺、耳納山地や筑肥山地、脊振山地などです。

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鳥類の種数が豊かな地域は、玄界灘や響灘や周防灘に面した沿岸の低地、博多湾の沿岸の福岡平野、糸島半島の一部、直方平野の遠賀川流域、有明海に面した筑後平野と筑後川や矢部川の流域です。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、県北中部です。土地利用によって、爬虫類の種数の豊かな地域が全体的に縮小して(青色地域が増えて)パッチ状になっているのがわかります。

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両生類の種数が豊かな地域は、県北中部の内陸、平尾台、三郡山地、脊振山地などの山麓から低地にかけてです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、玄界灘や周防灘に面した低地の河川流域、博多湾に面した福岡平野の流域、直方平野の遠賀川流域、有明海に面した筑後平野の筑後川や矢部川の流域です。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか?と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考える要素があります。

生き物のレア度:希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物(固有な生物種)がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな=希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物:絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。福岡県では2001年にレッドデータブックを作成して、その後も調査を行い、レッドリスト種の改訂を行っています

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生物の機能:人間社会にとっての生物の価値(生態系サービス)

さらに、生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、福岡県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、福岡県内の1km x 1km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか?を探索することができます。

具体的には、福岡県を1km x 1kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

福岡県の生物多様性の保全重要地域

維管束植物(木本・草本・シダ植物)と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、福岡県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注)土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

全国レベルで見ると、有明海に面した筑後平野の筑後川や矢部川の流域、直方平野の遠賀川流域、博多湾に面した福岡平野の流域が、生物多様性の保全重要地域です。福岡県レベルで見た場合も、それらの流域内にパッチ状に保全重要地域が分布しています。平尾台、三郡山地、脊振山地などの山地域における保全重要地域は、面積的には小さいことがわかります。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、生物分類群ごとに保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物(木本・草本・シダ)の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、平尾台、三郡山地の山麓、脊振山地の高標高域と山麓、耳納山地や筑肥山地の東部、英彦山の高標高域などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、全国的に見た場合は、平尾台や三郡山地の山麓、耳納山地の東部や筑肥山地の西部などです。福岡県レベルで見た場合には、これらの地域に加えて、筑紫山系の英彦山とその山麓、脊振山地などにもパッチ状に哺乳類の保全重要地域が分布しています。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、玄界灘や響灘や周防灘に面した沿岸の低地、博多湾の沿岸の福岡平野、糸島半島の一部、直方平野の遠賀川流域、有明海に面した筑後平野と筑後川や矢部川の流域です。全国レベルと福岡県レベルで見ても、鳥類の保全重要地域は一致しています。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県北部の沿岸低地です。県北部の内陸にも保全重要地域がパッチ状に分布しています。全国・福岡県レベルで見ても、爬虫類の保全重要地域はほぼ一致しています。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県北中部の内陸の、平尾台、三郡山地、脊振山地の山麓に広域的にパッチ状に分布している。また、筑後川の流域、筑肥山地と耳納山地の東部にも、保全重要地域がパッチ状に分布している。全国・福岡県レベルで見ても、両生類の保全重要地域は比較的一致しています。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、有明海に面した筑後平野の筑後川や矢部川の流域です。また、直方平野の遠賀川流域、玄界灘や周防灘に面した低地の河川流域、博多に面した福岡平野の流域も、淡水魚類の保全重要地域です。

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福岡県レッドデータブック(RDB)事業の検証

生物分布データを用いて、福岡県RDBにリストされている種の希少性を分析した。分析の意図と手法については、以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数(面積)を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

以下の維管束植物を見ると、RDBにリストされている種は、現RDBに含まれていない「指定なし」の種に比較して、縦軸の分布メッシュ数が少ない傾向があります。つまり、現RDBは植物種の希少性を反映していることがわかります。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

以下は、脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)のRDBランクです。RDBランクの低いグループにも(横軸の右側のランクにも)分布面積の小さな希少種が含まれていることがわかります。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

以上のような分析をもとにして、RDBに追加すべき種やランク付けを検討できるでしょう。

本記事の分析結果の関連論文

環境省 環境研究総合推進費プロジェクト 環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画(4-1802)(代表:久保田康裕)

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之, 鈴木 亮, 福島 新, 小澤 宏之, 宮良 工. 2019. 生物多様性地域戦略を空間的保全優先度分析で具現化する: 沖縄県の生物多様性保全利用指針OKINAWA 作成の事例. 日本生態学会誌 69: 239-250.

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.

Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.

Kusumoto B., Shiono T., Konoshima M., Yoshimoto A., Tanaka T., Kubota Y. (2017) How well are biodiversity drivers reflected in protected areas? A representativeness assessment of the geohistorical gradients that shaped endemic flora in Japan. Ecological Research 32: 299-311.

Kubota Y., Shiono T., Kusumoto B. (2015) Role of climate and geohistorical factors in driving plant richness patterns and endemicity on the east Asian continental islands. Ecography 38: 639-648.

Kubota Y., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T (2017) Phylogenetic properties of Tertiary relict flora in the East Asian continental islands: imprint of climatic niche conservatism and in situ diversification. Ecography 40: 436-447.




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