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「できていない」を責めるのではなく、「できるようになる」を讃えよ

部下や後輩に対して「そんなこともできないのか」と思う時があります。そんなとき、言われた方は「すみません」と言うかもしれませんが、実際のところは、

・だって、正解なんて教えてもらってないもん
・仕方ないじゃん、できないものはできないんだから
・うっせーわ

的なことを思ってます。まぁ、全員が全員だとは言いませんが、10人中12人くらいは思ってます。

なんてこったい、と嘆きたくなるのはオッサンの常なのですけれど、自分が若かりし頃を思い出せば、みんな、だいたいそんな感じだったんじゃないですか。歴史は繰り返すんですよ。

とはいえ、「そうそう、これが ”若さ” だよね」とあきらめろ、という話をしているわけでも無いんですよね。

じゃぁ、何の話か。「確かに、教えてないと、そりゃできないわな」って話です。

教えるべきは、問題の解き方

教えてないとできないんですよ。そりゃそうです。勝手にできるようになる、なんて幻想です。

だいたい、非効率なんですよ。何も教えないで、仕事をやらせるってのは。

だから「どういう結果を求めているのか」「そのために、どういう手順で進めるのか」「どういうところで躓きやすいか」とかを教える必要があります。

ポイントは、答えを教えるのではなく、手順、道筋、考え方、を教えることです。

問題と答えのセットを教え込んでも、そこから「考え方」を学び取って、類似した問題を解けるようになる人はいません。(正確には、殆ど、いません)

具体例としての、問題-答え、は効率よく教えるためには必要ですが、その問題から答えに至るまでの手順、道筋、考え方を教えなければいけません。

教えてないことで失敗するのは、仕方ない

そういう指導・教育をされていない人に対して「できていない」ことを怒っても、なんら改善されません。

再発を防止するためには、まず、「どうしてその失敗が発生しているのか」、すなわち、その失敗に至った思考経路、考え方、前提の置き方、作業の手順を確認する必要があります。

答えが間違っている人に、正しい答えを突き付けても、丸暗記しかできません。

途中式をチェックして、どこで間違えたのかを見つけ、なぜ、その間違いを犯したのかを相互に理解し、次回、同じ問題(あるいは、似た問題)を解く際に、正しい解放で答えを探しに行けるようにするべきです。

仕事において、いや、そもそも現実世界において、「まったく同じシチュエーションで、同じ問題が発生する」ということはあり得ません。めっちゃ似てる問題、やや似てる問題、ちょっと似てる問題、あんまり似ていない問題、みたいな感じで捉えるしかないんですよね。

だから、失敗の理由を突き止めて、「めっちゃ似てる問題」「やや似てる問題」くらいまでは、なんとか自力で解けるようにしておかないといけないんです。(じゃないと、次も「似たような」失敗を繰り返します)

半歩ずつでも前に進もう

大変残念ながら、1回教えたからと言って、完璧にできるようにはなりません。

そもそも「言ったことを理解する」までに数回かかり、そして「理解した通りにできるようになる」までに数回のトライがあるでしょう。時間がかかるんです。だって、仕事って、なんだかんだいって、割と複雑なんですもん。

そもそも、なにが難しいって、大半が暗黙知で構成されてるんですよね。教える方も言語化してないんです。だって、教わった時に、言語化されていないから。基本的に、修行モデルになってるんですよ。そりゃ、できるようにならんわ。

要するに、人に教えるという時には、多くの場合、指導する側が「仕事内容を言語化する」という作業をしてるんです。ですから、指導する側も、指導される側と同じように、少しずつ前に進んでいくしかないんです。

指導する側は、ちょっとずつ言語化して、ちょっとずつ伝えていく。
言われた方も、ちょっとずつ理解して、ちょっとずつできるようになっていく。

一日一歩、三日で三歩、、、も進めば良い方です。そんなに進まない。一日半歩。三日で1.5歩で十分です。
その代わり、三歩進んだときに、二歩戻るのはやめましょう。仕事なんですから、進みっぱなしで行きましょう。
これで、水前寺清子さんよりは、速い速度で移動できますからね。

千里の道も一歩から始まることを信じよう 腕を振って足を上げてワン・ツー・ワン・ツー ですよ。

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